君は僕から離れていこうとしていた。
優しい笑顔で距離をとる。
僕は泣きそうになりながら、君の指に触れる。
君は「どうしたの?」と尋ねる。
勇気を総動員して僕は口を開く。
「君のことが好きなんだ。ずっと傍にいてほしい」思っていることを言った。
「あなたには敵わないな」君は小さく笑う。
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「願い事はありますか?」青年の問いに、少女は首を横に振った。
日々は恵まれている。
共に過ごす時間は穏やかで幸せをもたらす。
願い事はない。そう思えることは幸福なことだと知っている。
これ以上、望んではいけないことも。
欲張りは不幸せの始まり。
足りない、と思うことは今を否定する。
「忘れ物をしたのです」と青年はひどく焦った顔をして言った。
だから「大丈夫ですよ。すぐ見つかりますよ」と気安く言ってしまった。
「では、教えてください」青年は言った。
驚く間もなく、抱き寄せられた。
「あなたの心の中に僕の心を忘れてしまったのです」青年の胸の鼓動はしなかった。
「知られちゃいけないことができたな」と僕は呟く。
君は不思議そうに僕を見上げる。
そんな君の耳元でささやく。
「僕の弱点イコール君、だってこと」いつになく接近したからか、君の肩が揺れた。
「本当に、どうしてくれよう」と僕は君の頭を撫でる。
「ごめんなさい」君はすまなそうに謝った。
「何度も、電話をかけたのよ」帰るなり、玄関先で母に怒られた。
「携帯の充電が切れちゃってさ」少女は言い訳をした。
「それなら、持っている意味がないわね。ゲームをするために買ってあげたんじゃないのよ」
母の怒りはもっともだ。
「不審者も多いんだから」
「ごめんなさい」少女は謝った。
『将来何になりたい?』と教師役の漢学者が尋ねた。
子供たちはめいめいに答える。
「武士になりたいです!」少女が言った。
「女が武士になれるわけないだろう」と隣の席の少年が鼻で笑う。
喧嘩になりそうなところを漢学者は割って入る。
少女は悔しそうにうつむく。
銀の簪が涙の代わり揺れる。
軸が水晶のように透明なボールペンはお気に入りだ。
卒業の時に記念に貰ったものだ。
名前が彫られていることに照れる。
見る人見る人『そのボールペンは?』と尋ねられる。
それほど美しいボールペンだった。
インク乗りも良く、すらすらと書ける。
本当に重宝している。
仕事柄何本あってもいい。
夜が来る前に君に会いに行こう。
夜は君を隠してしまうから。
太陽の下、笑う君がいい。
夜のとばりが降りる頃、君は影を帯びた瞳をする。
心細いのだろうか。
華奢な君の肩を夜が抱き締めようとしている。
僕は必死に引っ張るけれども、力が足りない。
ああ、明日の朝迎えに来よう。
さあ、お休み。
手と手がふれあった瞬間。
何かが生まれました。
私とあなたの間に生まれてきた感情は、泣きたくなるような、笑いたくなるような。
ただ二度と離してはいけないことだけは分かっていました。
きっとあなたも同じ気持ちだったんでしょう。
言葉はいりません。
そんな無粋なもので形作ってはいけない
独りぼっちが寂しかった夜。
星ばかり見上げて涙をこらえた夜。
あなたから着信があった。
「どうしたの?」と明るい口調で尋ねた。
そしたら、あなたは「声が聞きたかったんだ」と照れているように言った。
ドラマじゃあるまいし、恥ずかしい理由だと思ったけれども、優しさに涙が零れ落ちた。
いつの間に心がすれ違っていたのだろうか。
同じものを見て、喜びを分かち合う。
同じものを見て、涙を零す。
二人は全く違うのに、ずっと前から一緒だったようにぴったりと合わせられていた。
それが今は違う。
君が何を考えているか、分からない。
二人はいつでも同じ気持ちだったはずなのに。
「酔ってるだろう?」道の先を行く彼女に声をかけた。
「酔ってませーん」とやたら陽気に答える。
千鳥足でふらふらと歩く彼女は完全な酔っぱらいだ。
車通りの少ない道とはいえ危険だ。
足早に僕は彼女に追いつく。
彼女はさりげなく、手のひらに指を絡める。
「どうして手が繋げないの?」と笑う。
あなたは「もう自分の為に生きられない」と小さく笑った。
あなたを襲った災難は、目にも無残な物だった。
だから、生命を終わらせたいと願うのも無理もなかった。
けれども、そんなあなたを引き留めたい。
「私の為だけに生きて」と我が儘を言った。
涙を零す前の目に光が宿る。
「そうだね」
子供の頃は毎日が虹色に染まっていた。
どんなことも楽しかった。
どんなことも嬉しかった。
歳を取るということなのだろう。
苦しいことを知るようになった。
辛いことを知るようになった。
幸せから遠ざかったような気がした。
痛みは目に見える物だけではないと気づいた。
もう虹色の世界は終りだ。
夫になった人は、毎朝、新聞を読む。
朝ご飯の最中に。
こちらに興味はないがないのだろうか。
好物と聞いたものを並べてみても、あまり好きではない物を並べていても、反応は一緒。
とても胸が傷つく。
空になった茶碗を差し出す。
「お替りですね」と笑顔を作り、茶碗に雑穀米を盛る。
「どうぞ」