『初恋叶い難し、忘れ難し』
いつまでも心の中で初恋が漂っていた。
今日、私の初恋は終わった。
兄の親友の初恋の人は優しく微笑んで言った。
「この気持ちを忘れないでね。いつか君ふさわしい人が現れるから」
まさに初恋叶い難し、忘れ難し、だ。
今でも叶わなかった初恋を思い出している。
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『勉強の缶詰』
僕があまりに勉強をしないものだから、両親はホテルを予約した。
いわゆる缶詰にされたのだ。
ホテルの中は清潔で、雑念になるようなものはなかった。
諦めて持ってきたテキストを机の上で開く。
「なんでこんな面白くないんだろうな」と呟きながら、僕は勉強の缶詰を始めた。
『実らぬ努力』
お菓子作りは得意ではない。
それでも簡単に作れるレシピを探して、何度も試食した。
どうにか満足できる味になったところでラッピングだ。
不器用な私は、蝶々結びも満足にできない。
それでも見た目を繕って、彼に手渡した。
すでに紙袋いっぱいの彼を見て実らぬ努力に涙する。
「こっちから入ってこないでね!」君を怒らせてしまった。
「もし入ったらどうなるの?」そんな君が可愛くって、半分好奇心で訊いてみた。
「絶対、入ってきちゃだめなんだから」と君のまなじりに涙の雫が一滴。
意地悪はこれぐらいにしておこう。
君と僕との境界線を守って、ベッドにもぐった。
手を繋ぐだけで気持ちいいと感じる君は幼い。
そんな君に僕は恋をした。
僕は手を繋ぐだけでは物足りない。
淡く色づいた唇に口づけをしたい、と思うほどに貪欲だった。
君は知らないだろう。君は知らないままでいた方がいい。
僕の気持ちは手を繋ぐだけで我慢していることに。
関係を崩したくない。
「読書って楽しい?」と君が尋ねた。
「僕にとって深海にもぐるような感じかな」とページをめくりながら答えた。
「もっと解りやすいように説明してよ」と君が食い下がる。
僕は読んでいた本に栞を挟む。
「知らないことを知って、新しい言葉を覚えて、深海探索するような感じだよ」と心から笑う。
手のつなぎ方なんて分からなかった。
ぬくもりを分かちあう方法なんて分からなかった。
だから僕はぎこちなく、自分の両手を折れんばかりに握る。
君の手をふれたいのに、ふれられなくて、自分の手を握り締める。
「そんなに握ったら痛くない?」と君が僕の両手にふれて、優しい声音で微笑んだ。
『嘘がついた襟元』
「今日のホステスさんは美人だった?」とスーツをハンガーにかけながら、夫に尋ねる。
「今日は会社の飲み会だよ?」と夫はネクタイを緩める。
「じゃあ、会社の新人さんは可愛かった?」私は嘘がついた襟元にふれる。
まるで挑むようについた口紅の跡は燃えるように赤い。
『今朝の太陽の星殺し』
今朝も太陽が昇ってきたら、星たちは姿を消していった。
まさに今朝の太陽の星殺しだ。
夜闇の中でしか輝けない星たちにとって、切ないほどの朝だろう。
もっと輝きたいと願っても、青空に溶けていく。
月すら淡く白く姿を変える。太陽というものは残酷なものだと思う。
『酔ったピエロの綱渡り』
ピエロにしこたま酒を呑ませた。
そんな状況で綱渡りができるかって?
誰も信じないだろうけれども、見事ゴールまで辿り着いたんだ。
酔ったピエロの綱渡りを見たのは、これっきり。
観客も冷や冷やしながら見つめていた。
ピエロって職業は、どんなものなんだろうね。
「iotuは、愚かだなと自分を笑いながら最後の嘘をつきました。
それは前へ進むための嘘でした。
「君を、信じきることができなくてごめん」、と。
これが本音なら、楽だったのに。」
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僕は、愚かだなと自分を笑いながら最後の嘘をついた。
それは前へと進むための嘘だった。こんな最低の嘘をつかなければ前進できないなんて。
「君は、信じきれることができなくてごめん」と君に頭を下げた。
君はこの嘘を信じこんで飲みこむのだろう。
これが本音なら、楽だったのに。と思った。
演劇部の仕事は忙しい。
裏方であっても、いや裏方だから、主役たちよりも忙しない。
先輩の言葉に従って、資材を運ぶ。すっかり舞台装置を置き、バミを張りつけると、一段落だ。
喉が渇いてポットボトルを飲んでいると、主役の先輩が隣に座った。
「あの甘いセリフを君の口から、聴きたいんだ」
水晶玉に、あなたが彼方へと旅立つことが映し出された。
仕方がないことだった。あなたは渡り鳥のように、たまたま村に寄っただけだ。
「所詮、根無し草だよ」とあなたは、ほろ苦く笑う。
また来年、あなたが村に立ち寄るのを思い浮かべる。
それが私のできる願い事だった。気持ちは秘めたままだ。
久しぶりに君と学校で顔を合わせた。
こんな時期だったから、連絡はLINEと電話ばかりだった。
君とホームルーム前に出会えれるんじゃないかと、電車を一本早くした甲斐があったものだ。
二人きりの教室で、君は恥ずかしそうに、両手に指を絡める。
マスク越しでも真っ赤になっているのが分かった。
『あの日の僕には無理でした』
まだ幼い頃の記憶だ。遠ざかっていく君を追いかけて、自転車を必死に走らせた。
車の中にいる君と距離は開いていき、やがて見失った。
それからは君とは文通を続けた。
そしてこの日がやってきた。
「あの日の僕には無理でした。でも今の僕なら君に傍にいられる」