『キレイなオモイデだけ』
大切にとっておこうと思った。
胸の奥にしまっておこうと思った。
キレイなオモイデだけ。
残りは全部、捨ててしまおうと思った。
それでいいと思った。それがいいと思った。
ミニクイオモイデはバイバイ。
必要のないモノは、ゴミの日に出すように片付けてしまおう。
『僕のことを信じないでくれないか』
「僕のことを信じないでくれないか」と彼は言った。
「不思議なことを言うのね」私はアイスティーをすする。
「普通、信じてくれっていうものじゃない?」
「僕はいつ、君を裏切るか分からない。だから、信じないでほしいんだ」彼は真摯な人だと思った。
「iotuは、何もかも悟ったような顔で最後の嘘をつきました。
それは最初で最後の嘘でした。
「君が幸せなら、幸せだよ」、と。
胸の痛みは消えやしないな。」
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僕は、何もかも悟ったような顔で最後の嘘をついた。
それ以外の、どんな表情を浮かべればよかったのだろうか。
思いつかない。
最初で最後の嘘だった。
「君が幸せなら、幸せだよ」と。
本当は君の隣で僕も幸せになりたい。
胸の痛みは消えやしないな。
この選択は間違ってないから僕は嘘をついた。
君は控えめで、どこか遠慮がちだ。
欲しい物はなくて本当になくて、最低限の物たちに囲まれて暮らしている。
『どこか旅行に行こうか?』と誘っても『近場で充分だよ』と微かに笑顔を浮かべる。
『こんなにしてもらって幸せだよ』と言う。
僕が、君を幸せにしたんだ。
君に心から笑ってほしいんだ。
いけないと言われると余計にしたくなる。
それが子ども時代だ。
大人たちは自分の経験から、やってはいけないというのだ。
それが分からないのが子どもだ。
分別がつかないのだ。
痛い目を見て、初めて分かるのだ。
いけない、と言われた理由に。
どうすればいいんだろうか。
自分で後始末ができない。
すべての責任を取る形で兄が切腹することになった。
介錯人は人情がある人だといいのだけれど。
兄は、ひとひらの花びらのような人生を歩んできた。
最期だというのに見苦しいところを見せなかった。
兄は白い衣を開けて扇子を取る。
介錯人の太刀が光る。
綺麗に弧を描き、兄の首級を跳ね上げた。
電車はカタンコトンと音を揺らしてレールを滑っていく。
初詣に行く人だろうか。
電車の中はどうにか座れるほどには混雑していた。
そんな乗客の一組になったけれども、無言で車窓を見つめる。
どうしてこんな風になってしまったのか。
ためいきをついた。
君は怒り顔で、指先を握る。
僕は微笑めた。
「iotuは、大丈夫と自分に言い聞かせながら最後の嘘をつきました。
それは相手の笑顔のための嘘でした。
「怖いものなんてないよ」、と。
本当の願いは、どうせ叶わないから。」
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僕は、大丈夫と自分に言い聞かせながら最後の嘘をついた。
それは相手の笑顔のための嘘だった。
「怖いものなんてないよ」と。
本当は戦場に立つことが怖かった。
二度と君に会えなくなるんじゃないかと不安だった。
でも嘘をついたのは本当の願いは、どうせ叶わないからだ。
最期の嘘かもしれない。
静かな葬儀だった。
今まで華々しく活躍してきた英雄の葬式に訪れる人は少なかった。
国を救ったというのに、もっと弔問客がいても良かったと思った。
喪主として、一人一人に挨拶した。
幼なじみがやって来た。
「泣きたいくせに、意地っ張り」と幼なじみは言った。
そうか僕は泣きたかったのか。
君の心の片隅にいる人物が知りたい。
それは僕だという自信があるからかもしれない。
君の瞳は雄弁だ。
ふいに振り返ると必ず目線が合った。
そして君は恥ずかしそうに瞳を逸らした。
それだけで充分だろう。
ここは男らしく僕の方から恋の告白をした方がいいのだろうか。
きっと答えは決まっている。
不幸にも喪われた生命に心で泣く。
お医者さんは『年を越すのは難しいですね』と言っていた。
ずっと連れ添ってきた生命が喪われるのは辛いものだった。
正月だというのに、家はしんみりとした雰囲気が漂っていた。
大好きな栗きんとんも、ただ甘いだけで美味しいと思えなかった。
思い出が駆ける。
待つ場所で一番苦手なのは病院だ。
微かな話し声と緊急の病人をストレッチャーで走らせる音。
自分自身が健康でも、付き合いで来るのはあまり楽しくない。
それに良い思い出が一つもない。
「手震えちゃってさ」と君が言った。
嫌々ながらも、君の腕を両手を包む。
自分とは違う体温だ。
「ごめんね」
0時ちょうどにスマホが振動した。
『あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします』と簡素な文面。
送信相手は隣を歩いていた君。
「直接言えばいいんじゃないか?」と言うと「何となく気恥ずかしくて」と君は俯く。
そういうものだろうか。
僕もスマホで返信した。
五文字たして。
「iotuは、さりげなさを装って最後の嘘をつきました。
それはきっと必要じゃない嘘でした。
「これ以上関わらないでくれ」、と。
君は何も知らないままでいて。」
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僕は、さりげなさを装って最後の嘘をついた。
それはきっと必要じゃない嘘だった。
「これ以上関わらないでくれ」と。
君は僕と違って引き際を知っているし、ずけずけと踏みこんでは来ない。
分かっていたけど嘘が零れた。
君は何も知らないままでいて。
助けて欲しい気持ちを抱えた僕のことなんか。