新聞配達のバイクの音で目を覚ました。
意外にすっきりとした目覚めだったから、夜明けまでこうして起きてようか。
スニーカーを履いて、新聞を取りに行く。
空には丸い朧月夜。
月光を浴びて、その輪郭を辿ろうとする。
春らしい月の輪郭はあやふやで分からなくなる。
諦めて新聞を片手に家に戻る。
不測の事態に陥った。
こんな時こそ、平静でなければならない。
焦りは禁物だ。
だから、僕は満面の笑みを浮かべながら、手のひらを折れんばかりに握る。
指先がバラバラになろうとも、この拳を開くことはできない。
開いたら最後、泣き崩れてしまうだろう。
僕の笑顔を見て、伝えた人はホッとした。
『二人だけの秘密は、もう嘘だよ。』
二人だけの秘密は、もう嘘だよ。
秘密という名のリボンは解けて、中身はさらされてしまった。
本当は二人だけの秘密にしておきたかった。
小指に絡んだ糸が切れてしまって、割れたグラスの破片を拾うだけだ。
もう元には戻らない。
萎れた花から目を逸らす。
『あの日もし、僕が君を好きだったなら。』
君が泣いていた。
それを僕は眺めていた。
そっと肩を抱き寄せたのなら、君は失った恋に泣き止むのだろうか。
いや、それは僕の役割ではない。
あの日もし、僕が君を好きだったなら。
未来は違っているのだろうか。
僕は手をおろしてこぶしを握った。
『明日だって
不安だって
笑っている』
きっとね、明日だって不安だって笑っているんだと思うよ。
だって、明日は見たことのない、体験したことがない、未来なんだよ。
それでも私は笑っているんだよ。
怖いけれども、楽しいんだよ。
だから、きっと大丈夫。
これから先に進めるんだと思う。
「iotuは、少しだけ震える声で最後の嘘をつきました。
それは最初で最後の嘘でした。
「寂しくなんてないよ。大丈夫」、と。
頼むよ、ごまかされてください。」
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僕は、少しだけ震える声で最後の嘘をついた。
それは最初で最後の嘘だった。
今までずいぶんと正直に生きてきたのだと我ながら感心してしまう。
「寂しくなんてないよ。大丈夫」と。
君に向かって微笑んだ。
いつでも寂しがり屋な僕にとっての最後の嘘なのが、これ。
頼むよ、ごまかされてください。
人生には嘘やごまかしが必要だ。
杓子定規の道では疲れてしまう。
正論はいつだって人を傷つける。
正しいことが正義ではない。
たまには優しい偽りにくるまれていることが心を守る。
物わかりのいい笑顔で『大丈夫だよ』と告げることが、必要な場面がある。
正論ばかりでは傷だらけになってしまう。
今日も普通の一日が終わろうとしている。
暗いニュースをスマホで見ながら、いつも通りの道を歩く。
ニュースに巻きこまれないことに感謝しながら、何もなかった日常に少しの退屈感を覚える。
明日も同じ日が続く、と何の保証もないのに思いこむ。
星たちの囁きを聞きながら、アパートについた。
和やかな日々はいつまで続くのだろうか。
寝ぼけ眼の青年は枕元にある神剣・神楽を見つめる。
今日は律動してはいない。
血を求めて鳴き叫んではいない。
青年はそのことにホッとして、階段を下りてダイニングに向かう。
「おはようございます」朝食を用意していた少女が笑う。
この微笑みを守る。
「iotuは、痛みを堪えながら最後の嘘をつきました。
それはきっと必要じゃない嘘でした。
「幸せなんて、どこにもないんだ」、と。
本当の願いは、どうせ叶わないから。」
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僕は、痛みに堪えながら最後の嘘をついた。
それはきっと必要じゃない嘘だった。
少なくとも君にとっては。
「幸せなんて、どこにもないんだ」と。
僕は吐き捨てるように言った。
君には僕が幸せか、不幸せかは関係ないだろう。
僕には重要なことだったけれども。
本当の願いは、どうせ叶わないから。
「何回目の脱走?」と絹のフリルとレースがふんだんに使われたドレスをまとった少女が言った。
こちとら麻の飾り気のない衣をまとっていた。
また逃げ切ることができなかった。
首に紐をつけられて、少女の前に連れてこられた。
「いい加減思い知れば良いのに、あなたは私の奴隷なのよ」と笑った。
昨日は友だちに付き合って、長電話をしてしまった。
なかなか切るタイミングをつかめなくて、愚痴を聞き続けてしまった。
完全に寝不足だった。
それでも仕事は待ったなしだ。
布団にくるまっていたかったが、勇気を出して飛び起きる。
瞬間、体が傾いだ。
眩暈がして天と地が分からなくなった。
神剣・神楽は神刀というよりも、妖刀といったほうがいいような刀身だった。
波を打つ白刃は同胞殺しにふさわしい。
どんな思いで、巫女だった少女は青年に託すのだろうか。
人が好いので引き受けてしまったが、苦労には絶えない。
神剣・神楽のすらりとした抜き身が美しいほど、不吉な感じがした。
「私、怒っているんだからね!」君が言う。
「ごめん」と僕は謝る。
時刻は、そろそろ日付が変わる頃。
それなのに、君は僕のために飛び出してきてくれた。
それだけ不安にさせてしまったことに。
君は怒り顔で、僕の両手のひらを指先でなぞる。
まるで、僕というような存在の輪郭を確かめるように。