いとこにあたるお姉さんがお嫁に行くのだ、と聞いた。
青嵐の夜のことだった。
お姉さんが大切にしていた雛人形はどうなるのだろう。
雛人形ごと嫁いでいくのだろうか。
そんなことを思っていたら「七段飾りをうちに?」と母の声がした。
耳をそばだてる。
どうやら電話をしていたようだ。
『青色だけは色褪せず』
日光を浴び続けた絵はすっかりと色褪せてしまった。
芸術品としての価値はもうないだろう。
もともと趣味で描いていたものだ。
画商にも見せたことのない絵だった。
全体的にぼんやりとしてしまったのに、青色だけは色褪せずに残ったのは、それが希望の色だったからか。
『希望っぽい失望。』
「あなたのことは好きよ」と言われた。
「でも、友だちとして好きなの」という続きが待っていた。
希望っぽい失望。
僕は君の恋人になりたいぐらいに好きなのに。
君は違うと言う。
一瞬、希望を持ってしまったから、その後の言葉は残酷に響いて聞こえた。
肴に酒を呷った。
『サヨナラならせめてカーテンコールを』
恋をおしまいにするなら、舞台を降りるようなもの。
サヨナラならせめてカーテンコールをちょうだい。
拍手と歓声の中、笑顔でお別れしてあげるから。
役者という仮面を外して、ただ一人の人間に戻るから。
そして精一杯、スポットライトを浴びるの。
「iotuは、少しだけ震える声で最後の嘘をつきました。
それは歩き出すための嘘でした。
「ずっと君と一緒だよ」、と。
いっそ笑い飛ばしておくれよ。」
------
僕は、少しだけ震える声で最後の嘘をついた。
それは独りでも歩き出すための嘘だった。
君を置いて、未来へと向かうための嘘だった。
不安げな瞳で僕を見つめる君に微笑んだ。
「ずっと君と一緒だよ」と。
すぐにバレる嘘をついた。
君よ、いっそ笑い飛ばしておくれよ。
『サヨナラ』も言えない僕に。
駅前でビラ配りをしている若い女性たちがいた。
青年は少女の手を取って、急ぎ足で通り抜ける。
「無視してもいいんですか?」と少女が尋ねた。
「新興宗教のビラ配りだ。貰ったらセミナーの会場まで連れて行かれる」青年は言った。
「そういうものもあるんですね」世間知らずの少女は納得した。
太陽がの昇るところが見たい、と君が言った。
どこで見たい?、と君に甘い僕が尋ねた。
ためらいがちに君は、海が見えるところ、と言った。
暗闇の始発に乗って、海が見える場所までやってきた。
まだ少し日の出には早いようだった。
波を見る。
君は満面の笑みを浮かべながら、僕の指を両手で包む。
『隙間3行』
「まだ恋は早いわよ」女性は妖艶に笑った。
「どうすれば本気だと思ってくれるのですか?」純粋な瞳で少年は言った。
「恋に恋しているだけだと言ってるのよ」と女性は言った。
「あなたは恋に憶病になっているだけだ」少年は言った。
「隙間3行を埋められたのなら、考えるわ」
『芝居がかった貴方の日常』
常に誰かに見られている日常というものは窮屈だ。
それはすでに、日常と呼ぶのにはふさわしくないのかもしれない。
芝居がかった貴方の日常に付き合う私も、どこか芝居がかっていた。
舞台の上に載って、偽りの愛をささやきあう。
それはとても作り物じみていた。
『こんな恋。ご自由にどうぞ。』
「何かのチラシみたいだね。君の恋は」とあなたは私の落書きを見て笑った。
「安売りはしないつもり」と私は言った。
白い紙にはボールペンで『こんな恋。ご自由にどうぞ。』と書かれていた。
あなたは『プラチナの指輪をご用意ください』と紙に書き足した。
「iotuは、大丈夫と自分に言い聞かせながら最後の嘘をつきました。
それはたぶん最低の嘘でした。
「今とても幸せだよ」、と。
どうか嘘だと気づかないで。」
------
僕は、大丈夫と自分に言い聞かせながら最後の嘘をついた。
それはたぶん最低の嘘だった。
これ以上、悪辣な嘘を思いつくことはできないだろう。
涙を飲みこんで、顔には作り笑い。
「今とても幸せだよ」と。
君に向かってささやく。
どうか嘘だと気がつかないで。
かりそめでも僕に幸せを感じさせて。
他には何もいらない。
これ以上、望んではいけない。
願うのはただ一つの永遠。
君とこれから先の道を歩いていくという約束。
死が二人を分とうとも、プラチナの指輪が保証してくれる愛。
それを手にすることができるのなら、他には祈らない。
どうか、お願いです。
永遠をお与えください。
神に祈る。
今年は桜が咲いても寂しそうだった。
白いソメイヨシノの花弁がほろほろと散る。
缶ビール片手に桜の並木道を歩く。
独りでの花見だった。
はたから見たら気持ち悪いだろうか。
それとも、ただの酔っぱらいに片付けられるだろうか。
顔を上げて仰げば、人の生命のように儚い桜が道路へ落ちていく。
春らしく買ったパステルカラーの靴。
ウィンドウで見た時から、欲しいと思っていたのだ。
そのために残業をいとわずに、率先して行った。
いよいよ給料日、祈るようにお金をおろして靴屋さんに向かった。
人気の商品だったらしく最後の一つだった。
それを履いて歩く帰り道。
幸運に恵まれている。