『もう片方の青春より』
終電間近な電車に揺られ、決まったコンビニに寄って、晩飯を買う。
「袋はどうしますか?」と店員が決まり文句を尋ねる。「
お願いします」と毎日の言葉を口にする。
疲れたと思いながら郵便受けを開ける。
淡い色の封筒が入っていた。
「もう片方の青春より」涙が滲む。
「iotuは、少しだけ震える声で最後の嘘をつきました。
それは傷をいやすための嘘でした。
「世界は希望で溢れている」、と。
君は何も知らないままでいて。」
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僕は、少しだけ震える声で最後の嘘をついた。
君に震えていることが伝わらなければいい、と願いながら嘘をつく。
それはお互いについた傷をいやすための嘘だった。
「世界は希望で溢れている」と。
何ともわかりやすい嘘をついたものだ。
君は何も知らないままでいて。
嘘つきは僕だけで充分だから。
彼が「手料理を食べたい」と言った。
どちらかというと不器用な私は困った。
断る理由もなく「何が食べたいの?」と尋ねていた。
「肉じゃが、かな」彼は言った。
定番中の定番だから失敗はできない。
実家の母に泣きついた。
電話口で母は『分量なんて適当でいいのよ』と笑いながら指導してくれた。
ため息が自然と転がり落ちた。
君との惜別の時だというのに、なんだか迷惑そうだった。
言い訳を口にしようとしたけれども、何を言えばいいのか思いつかなかった。
君と離れ離れになるのを悲しむ紫陽花のように。
君は目を半ば伏せる。
そして別れの言葉を言う準備をする。
僕はそれから目を逸らした。
君は恥ずかしそうに、僕の指を指先でつつく。
僕は読んでいた本に栞をはさみ、君を見つめる。
すると君はうつむく。
「何か、言いたいことがあったんじゃないの?」と僕は君の指を包みこむ。
雨音が聞こえるほどの沈黙が漂う。
「本に嫉妬していたの」しとしとと降る雨よりも小さな声で君は言った。
『彼女が落ち込むのだから世の中はロクでもない』
彼女はいつも花のような可憐な笑顔を浮かべていた。
そして太陽のように明るい声で「おはようございます」と挨拶してくれる。
そんな彼女が缶ジュース片手に非常階段に座っていた。
彼女が落ち込むのだから世の中はロクでもない、僕は思った。
『恋はことごとくファンタジー』
気難しい恋愛小説家のもとに原稿を取りに行った。
編集者が足を運ばないと、原稿を渡してくれない。
それでいて人気作家だから困ったものだ。
「恋はことごとくファンタジーだ。君もそう思わないかい?」小説家は窓を見たまま言った。
返答に困り、沈黙が漂う。
『ダメッセンジャー』
「無事に届けてやるよ」と幼馴染が持っていった手紙がここにあった。
「好きな人がいるから、受け取れないって」幼馴染は付け足すように「ごめん」と言った。
それに私は大きな溜息をつく。
最初から分かっていた。
わずかな望みにかけた。
「ダメッセンジャー」と言った。
「iotuは、馬鹿みたいだと自分に呆れながら最後の嘘をつきました。
それはたぶん最低の嘘でした。
「すべて夢でも構わない」、と。
君は何も知らないままでいて。」
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僕は、馬鹿みたいだと自分に呆れながら最後の嘘をついた。
それはたぶん最低の嘘だった。
今までいくらでも言葉を飾って、君に嘘をついてきた。
その中で、最低の嘘だった。
「すべて夢でも構わない」と僕は言った。
想い出にするには、ほろ苦く、鮮やかな一睡の夢。
君は何も知らないままでいて。
恋の告白は貴方の方からしてほしいの。
貴方は私のことを好きだと思っていることを知っている。
男らしく、しびれるような告白を夢見ているの。
それまで私は待っている。
器用なのに言えない私と、不器用だから気付かない貴方。
そんな二人が恋人同士になるのは、お似合いでしょう?
だから囁いて。
世界の片隅で朝が来るのを待っていた。
ぼんやりと藍色から朱色に染まる空を眺めていた。
夜だけ輝く星のように、夜だけ段ボールから出てくる。
ああ、空が明けていく。
星たちも休む時間だ。
それが何故か切なくなって、涙が零れる。
心安らかに休息をとる時間がやってきたというのに、謎だった。
カレイドスコープの中で反射するビーズたちのように、それは大舞踏会。
ステップをわざと間違えて、あの人に復讐する。
可愛くない、と言われた記憶は根深い。
それなのに、あの人は平気な顔をしてリードをしてくれる。
怒っているのも馬鹿らしくなって心にできた痕を拭う。
涙なんかじゃないから。
君は嫌々ながらも、僕の手のひらに爪を立てる。
まるで、君を無視しているかのような僕に、ここにいるよと気づかせるために。
優しい君は、いつでも自分を後回しにする。
その君が嫌な気持ちに打ち勝って、僕に示してくれたことが嬉しい。
僕はにやけ顔になってしまう。
君が睨んでも怖くないよ。
『ギターはひとりで泣かない』
僕は泣きだしたい気持ちを胸にしまって、アパートに帰ってきた。
ベッドに立てかけてあったギターを抱えて、調弦する。
ベッドの上がオンステージ。
観客はUFOキャッチャーで取ったぬいぐるみたちだ。
まるで泣いているような哀愁を帯びた曲を泣きながら弾く。