『そんなん風による』
「今夜、暇?」恋人が尋ねてきた。
「そんなん風による」と私はいつものように答えた。
「今日は、きっと曇り空だよ」しつこく恋人が言う。
ここ最近、一緒に過ごす時間が短いせいだろうか。
それなら恋人なんて作らなければよかった、そんな後悔をする。
風を待ちながら。
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『ユメミテタイム』
人生にはぼんやりする時間が必要だ、と思う。
特に夢のぬくもりを覚えている朝には。
秒針が刻む音を聞きながら天井を見つめる。
起きる時間には少し早かったのは夢見のせいだろうか。
こんな時間を持っている人間は僕以外にもいるのだろうか。
いるとするなら会ってみたい。
『鮮やかな幻の戦慄の感触』
初めてあなたに触れた時、私の中で戦慄が走りました。
あなたはどこにでもいる女の子で、群衆の中にいれば消えてしまいそうな姿形です。
あれは私だけが見た幻だったのか。
夕焼けよりも鮮やかな戦慄の感触があったのです。
幻だったということにしておきましょう。
「iotuは、少しだけ震える声で最後の嘘をつきました。
それは本音とは真逆の嘘でした。
「怖いものなんてないよ」、と。
だってもう、仕方がないだろう?」
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僕は、少しだけ震える声で最後の嘘をついた。
緊張で震える声が君に気づかれないといいのだろうけれども。
嘘をつくのは難しい。
それは本音とは真逆の嘘だった。
「怖いものなんてないよ」と。
なんたる滑稽な嘘だろう。
この世の中、怖いものだらけだ。
だってもう、仕方がないだろう?
君のためだ。
家につくなり「帰りが遅かったわね」と母に皮肉られた。
靴を脱ぎながら「今日は帰りが遅くなるって、言ったじゃん」と私は答えた。
「だからといって日が沈むまで帰ってこないとは思わなかったわよ」と母から苛立ちをぶつけられる。
本当に言いたいのは、夫だろう。
めんどくさいひとたちだった。
熱々なものの方が美味しいだろう、とカレーを沸騰するまで温めた。
それに白いご飯にかけて、居間まで運んだ。
テレビを観ていた夫に「ご飯よ」と声をかける。
「ありがとう」と夫の視線はテレビに釘付けだった。
危なっかしい手つきをカレーを口に運ぶ。
「熱い!」と舌が回らない口調で言った。
少女は古書に椿の花を添えた。
薄紅色の椿は、まるで少女のようだった。
古書を受け取った青年は「ずっと、探していたんだ。ありがとう」と礼を言った。
内気な少女の頬を染めるのには充分な言葉だったようだ。
「こちらこそ。蔵書の中にあって良かったです」と少女はうつむいて小さな声で言った。
あなたの隣で初めて眠った夜。
心臓の音に安らぎを感じて、分け合う体温に幸せを感じた。
鳥の鳴き声で目を覚ますと、すでに朝だった。
もうすぐこの甘い時間ともお別れだと思うと、切なかった。
私は恐る恐る、あなたの腕を折れんばかりに握る。
私の力ではあなたを目覚めさせることすらできない。
晩春に咲く花は枯れた。
それを手折り水葬する。
川は味噌汁のように濁っていて、その分枯れてしまった花の色合いをごまかしてくれる。
毎日、見ていた花だったから、最期にしてあげられるようなことは、これぐらいしかないから。
花は川を下り、海へと届けばいいと思う。
そして楽園へ。
『駄作作家』
今日の作家は自己肯定感が低い作家だ。
引きこもるようにして生みだした作品はどれも大ヒットしている。
電子書籍が一般的になりつつある中、紙媒体の本が重版されるのだ。
それだけで才能があると分かるだろう。
けれども作家は『駄作だよ。どれもこれも』と自分の作品をけなす。
『泣き時雨』
私は押し入れにこもっていた。
誰にも涙を見られたくなかったから、声を殺して、小さくなっていた。
「晩ご飯、食べない気?」ふすま越しに姉が声をかけてきた。
「昼もろくに食べてないんだから、いい加減出てきたら?」と姉は呆れた口調でふすまを開ける。
「こっちも時雨だね」
『今日の愛相場で朝食を』
カリッと焼いたトースト。
手作りマーマレード。
ターンオーバーの目玉焼き。
くし切りにしたトマト。
食後のデザートにはヨーグルトを。
完璧な朝食だ。
これなら今日の愛相場は高いだろう。
愛情を朝食で計るなんてナンセンスだ。
愛はそんなことで決まるものではない。
「iotuは、さりげなさを装って最後の嘘をつきました。
それは前へ進むための嘘でした。
「世界は希望で溢れている」、と。
もう、覚悟は決めたんだ。」
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僕は、さりげなさを装って最後の嘘をついた。
何でもない風に、特別に何かあるわけじゃない風に嘘をついた。
それは前へ進むための嘘だった。
「世界は希望で溢れている」と。
同じだけ絶望があるから、希望は輝いて見える。
それを知りながら僕は揺らがずに進もうと思う。
もう、覚悟は決めたんだ。
日本語で呼んでも、英語で呼んでも、太陽の輝きは変わらないだろう。
一番明るい星ということに変わりはないだろう。
そんな太陽を見上げて、僕は悲しむ。
一番というのは孤独と表裏一体。
太陽の孤独を知るものは、どれほどいるのだろうか。
朝夕に染まる哀しみを知るものはどれだけいるだろう。
『冷めましたけれど
コーヒーでありました。』
目覚まし時計がけたたましい音を立てるので、消した。
雨の朝は二度寝に最適だった。
やがて窓硝子から日光が差しこんだ。
目覚めの時間か。
枕元にはメイド型のアンドロイド。
「冷めましたけれど、コーヒーでありました。淹れなおしますか?」