青年は神剣・神楽を握り直す。
十字路に敵になった同胞を誘う。
妙齢な女性に傷をつけるのは抵抗があったが、そんなことを躊躇している場合じゃない。
殺さなければ殺される。
青年は腕時計を確認する。
もうすぐ朝になる時間だ。
闇の堕ちた同胞は日差しに弱かった。
そのことに安堵して心から笑う。
もうすぐ誕生日なのだからプレゼントのおねだりをしてもかまわないだろう。
なんといっても恋人同士なのだから。
私は勇気を出して「あのさ」と彼に声をかける。
できるだけ可愛らしく上目遣いで、彼の両手のひらに触れる。
「誕生日の丸一日、私のための時間にして」と言った。
彼は笑って頷いた。
メール音が鳴ったのは鍋で麦茶を作っている最中だった。
汗をかきながらスマホを手にする。
タップしてメールを開くと『チョコ買ったよ』と夫からの伝言だった。
絵文字も顔文字もない、そっけない文面が夫らしいと思った。
タイマーが鳴った。
コンロから火を消して扇風機の元へ向かう。
『思い出句読点』
「思い出に句読点が打てるとしたら、いつ句読点を打つ?」と君が放課後の教室で尋ねた。
君からノートを借りていた僕の手が止まる。
夕焼けにはまだ少し早い時間の中、君と視線が合う。
なんて綺麗なのだろうか。
この一瞬を切り取っておきたいと思った。
「今かな」と答えた。
『思い出にクリーム』
ささくれた思い出にクリームをよく塗りこむ。
わずかに痛みが伴う思い出たちは、水仕事の度に還ってこない人を思いださせる。
水の音をまとっていた人だった。
その背中を見ながら宿題をしたり、とりとめのない雑談をしたりした。
やがて横に並び、料理を手伝ったりした。
『きっとダンスは哀しみのために』
円舞曲をヴァイオリンで弾きながら、群衆をチラリと見やる。
色とりどりに咲いた花のようなドレスをまとった令嬢たちが公子たちに手を引かれてダンスを踊っている。
私ときたら、葬式のように黒い服で楽器を奏でている。
きっとダンスは哀しみのためにある。
やがて灰になる運命だ。
それまでをどう繋いで生きていくのか。
それは人それぞれだった。
等しく灰になるのなら、等しい運命を与えてくれればいいのに。
そんなことを考えてしまうほど、生命には価値がつけられている。
僕は大切にされている方だと思う。
だから、僕は感謝の心を忘れたくない。
今日は久しぶりのデートだった。
メールではなく、待ち合わせ場所で待っていた君は可愛かった。
僕を見つけて、小さく手を振る。
僕は一秒も惜しくなって駆けだした。
君は満面の笑みを浮かべながら、指を触れ合わせる。
僕よりも少しだけひんやりとした手が切なくって、君の手を力強く握り返した。
『夏花火は最後の君に似て』
夏になると、お母さんに浴衣を着つけてもらって、君と花火大会に行ったね。
君も浴衣を着ていて、カランコロンと下駄が鳴った。
花火が終わると寂しくなるから、ずっと手を繋いでいたね。
どれもこれも想い出の一つになってしまった。
夏花火は最後の君に似ていた。
『キミマチホーム』
『待ってるよ』と君に声をかけた。
君は振り返って微笑んだ。
『必ず、帰ってくるよ』と君は良く通る声で言った。
そして、大きく手を振った。
その日から、このホームはキミマチホームだ。
君がどんな状態であっても、絶対に迎え入れる。
帰ってくる、という約束を信じて。
『模造青春』
青春と呼ぶ季節は、とっくのとうに過ぎ去った。
残ったのは作り物めいた記憶だった。
青春の日々に彩りを与えてくれた君はどうしているだろうか。
もう記憶の中にしかない君を想う。
そして、あの頃は良かったと呟きをウィスキーに零す。
たとえそれが模造されたものであっても。
「iotuは、愛を囁くように優しく最後の嘘をつきました。
それはどうしようもない嘘でした。
「君にもらったものは全部返す」、と。
これが本音なら、楽だったのに。」
------
僕は、愛を囁くように優しく最後の嘘をついた。
君が傷つかないように、甘く、柔らかに。
それはどうしようもない嘘だった。
「君にもらったものは全部返す」と。
初めて貰った誕生日プレゼントも、積み重なっていった想い出も、心に芽吹いた恋情も。
これが本音なら、楽だったのに。僕は思った。
「あなたの望み通りの性格になりましょう」メイド型のアンドロイドは言った。
忙しい日常を快適に過ごすために買った品だ。
決して安い値段でなかったが、見目麗しい姿のアンドロイドは新しい家族ができたようで嬉しかった。
「どんな私がお好みで?」と優しい声が流暢に尋ねる。
孤独が癒される。
君の唇を掠めるように奪った。
柔らかな感触の唇はミルクの香りがした。
リップクリームの香りだろう。
君は大きな瞳に見る見ると涙をためた。
それは頬を伝い、無言で僕をなじる。
「初めてだったのに」嗚咽混じりに君が言った。
僕はその言葉に後悔した。
もっと君の気持ちを考えればよかった。