「いい加減思い知れば良いのに、私とあなたは釣り合わないってこと」君は腰に手を当てて言った。
「でも、君のことが好きなんだ」僕は言った。
何度目の告白だろうか。
振られると分かっていても告げずにはいられない。
君はためいきをついた。
ここまでがワンセットだ。
どちらが先に折れるだろう。
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ずっと繋いでいた手がするりと解けてしまった。
まるで運命の赤い糸が切断されたようで、僕は切なくなった。
ずっと繋いでいられると思いこんでいた。
けれども、永遠の約束も儚く、君は君の道を歩き出した。
僕はそれを後悔しながら、君を見送った。
手のひらにはまだ君の手の温もりが残っていた。
枝が無数にあれば、中身が入れ違っても分からないように、人間が多数いれば気づかれないものだ。
僕と君は時折、中身を交換して楽しんだ。
意外に人間というものは外見で判断しているものだ。
それとも僕と君の魂が似た色をしているからだろうか。
僕はすっかり君の物まねが得意になってしまった。
今日は君と映画館デート。
上映されるのは、少し哀しい恋愛ものだ。
今日でなければならなかった。
だから、僕はスケジュールを調節した。
映画が始まる直前。
君は目を逸らしつつ、指先で僕の指先でなぞる。
「今日は何の日か、覚えている?」君は尋ねた。
もちろんと答えるかわりに君の手を握った。
『アイス恋の日』
彼女はアイスに恋をしている。
これ以上ないぐらいに、それ以外ないぐらいに。
そんな彼女の隣で、僕は沈黙を保つ。
今日も彼女はコンビニに寄ってアイスを買った。
そして「アイス恋の日なんだから」と笑った。
昨日も、その前にも言っていた。
僕はアイスになりたかった。
『駄作作家業』
私が編集者として担当した先生は偏屈だ。
自分の執筆した作品を駄作という。
愛読者もいるし、ファンレターだって届くこともある。
それなのに「僕は駄作作家業だよ。この広い世界には必要だろう」と窓の外を見て言う。
先生と視線が合うことはない。
机の上の原稿を受け取る。
『懐風が吹いた夜』
時間だけが通り過ぎていく。
とげとげとした記憶はまあるい思い出に形を変える。
思い切り泣いた夜も、言葉が出ないまま迎えた朝も、すべてが思いの端にやられていく。
それは少し寂しかったけれども、そういうものだ。
チリンと懐風が吹いた夜。
季節外れの風鈴の音がした。
「iotuは、冷静であるよう心がけつつ最後の嘘をつきました。
それは自分が傷つくだけの嘘でした。
「寂しくなんてないよ。大丈夫」、と。
・・・まだ、泣いちゃだめだ。」
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僕は、冷静であるよう心がけつつ最後の嘘をついた。
それは自分が傷つくだけの嘘だった。
それでも、これが最後の嘘になるのならかまわない、と僕は思った。
「寂しくなんてないよ。大丈夫」と君に声をかけた。
心は痛んだけれども、それで君が旅立てるのならいい。
・・・まだ、泣いちゃだめだ。
「君がいなくなって泣くぐらいなら、笑ってやる」と少年は言った。
不思議なことを言うのね」と少女は感心した。
「君がいなくなったことに清々してやる」と少年は笑う。
その笑顔を見た少女は溜息をついた。
「それは、ちょっと悔しいわね」
「だから君はどこにも行かないでくれ」と少年は言う。
『前衛的恋愛奇譚集』
恋愛の形はひとつではない。
思い思われ振り振られ。
顔にできるニキビの数をもってしても足りない。
きっと星の数ですら足りないのだろう。
古今東西の恋愛を集めた本を読みながら、恋に恋する年頃の少女はクスクスと笑う。
本のタイトルは『前衛的恋愛奇譚集』とあった。
『私が恋をしたんだから
世界はキット素晴らしい』
世界は灰色で、毎日はくりかえしで、退屈を紛らわせるのに、苦労した。
けれども、そんな世界だったけれども一変した。
思わずスキップして横断歩道を渡るぐらいだ。
私が恋をしたんだから世界はキット素晴らしい。
総天然色の世界で笑う。
『なごり夢』
僕は目を覚ましたことに後悔した。
なごり夢がぼんやりと漂っている。
深い意味もわからずに、ふわふわと浮かんでいた。
夢の中では幸せだったのに、現実はそうとはいかない。
それを見せつけられて、なごり夢を必死につかまえようとするけれど、雪のように溶けていってしまった。
「iotuは、幼子を慰めるかのように最後の嘘をつきました。
それは現実逃避のための嘘でした。
「君の記憶から消し去ってくれていいよ」、と。
本音は仕舞い込んだまま。」
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僕は、幼子を慰めるかのように最後の嘘をついた。
それは現実逃避のための嘘だった。
辛い現実を見続けるのに、僕は疲れてしまったのだ。
「君の記憶から消し去ってくれてもいいよ」と優しく君に告げた。
君が忘れ去っても、僕はずっと覚えているだろう。
本音は仕舞い込んだまま、僕は微笑んだ。
君が僕以外の男性と並んで歩く夢を見た。
僕と一緒にいるよりも楽し気だった。
そこで夢は途切れた。
嫌な予感を抱えながら、僕は君をデートに誘った。
用事があるから駄目だと断りの返事が返ってきた。
僕は独り街をぶらつく。
そして夢の続きを見てしまった。
夢であってほしかったのに、と思った。
寝る前のおまじない。
僕は良い夢を見られるように、妹の額にキスをした。
唇から伝わってくる熱は熱かった。
薄暗い部屋でも、分かるぐらい潤んだ瞳。
僕は深く息を吸いこんだ。
また風邪でも引いたのだろうか。
掛布団を肩までかけて「お休み」と僕は言う。
妹は小さく咳をした。
優しく頭を撫でた。