朧げな記憶で絵を鉛筆で描くことになった。
お題はシャッフルされた。
僕はその中から、一枚を引く。
『脇差し』と札には書いてあった。
「脇差しって何?」僕が訊くと君は馬鹿にしたような笑顔を浮かべた。
知らないことが恥なような気がして僕は歯噛みする。
「刀剣の一種だよ」君は楽し気に言う。
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今日は雨が降らず、晴天でデート日和だった。
この日のために雑誌を読み予行演習はばっちりだった。
僕は「はぐれるかもしれないから」と言い訳をした。
目を逸らしつつ、君の指先を握り締める。
僕の手を違い、細い指は消え入りそうなほど儚く感じた。
僕の顔が赤くなっていることがバレないかな。
『ぬるくなったプリンが私の舌を慰めた』
「食べたくなったら食べるんだよ」と枕元に細々置かれたところまでは、覚えている。
四肢が折れるような痛みを感じながら、返事をしたような気がした。
玄関を開けて出ていった人を見送れなかった。
目覚めて、ぬるくなったプリンが私の舌を慰めた。
『明日が来る確率』
「明日なんて来なければいいのに」と少女はジャングルジムの天辺で言った。
ブランコに座っていた少年は、少女を見た。
目線が合うと少女は笑った。
「明日が来る確率って知ってる?」少年は尋ねた。
「100%じゃないの」少女は言う。
「逆だよ。明日が来たら、それは今日だ」
『愛の証明式』
「愛の証明式を解いてくれない?」と物憂げに女性が言った。
それを聞いていた数学教授は驚いた。
「目にも見えないものをどうやって解けというんだい?」と男性は言った。
「解けないの?所詮、その程度ってわけ?」と女性は唇だけに笑みを乗せて言った。
そして、飲み干した。
青年は少女と水族館で魚を泳ぐのを見ていた。
少女がこういった場所に来るのは、初めてだったらしい。
少女が無邪気にはしゃぐ度に、青年の胸は痛んだ。
神剣・神楽の巫女というだけで、どれほど自由を奪われていたのか。
それを知らさらせるように。
戦いが終わったら色んな所を巡ろうと決意した。
新しい季節の始まりに、革靴が贈られた。
瑞々しい椿の葉と共に。
その葉を見て、僕は微笑む。
送り主の名は書いていなかったけれども、椿の葉が添えられていただけで分かった。
君の優しさに、革靴を大切に履こうと思った。
そして、君の誕生日プレゼントは何がいいのだろうか、と思考を巡らす。
君との約束を破ってしまった日の夕方。
許されるはずもなく、謝罪の言葉すら宙に浮いていた。
君との約束はなるたけ守るようにしていた。
けれども破ってしまった。
君の顔が赤いのは夕方だからではないよね。
君は怒り顔で、僕の両手にしがみつく。
二度と離れ離れにならないように約束するように。
『ある日母が死んだ』
ある日母が死んだ。
それを悼む家族はいなかった。
いつ亡くなってもおかしくはない病状で、生かされ続けた。
もう苦しみから逃れて、天国で先に旅立った父と再会しているだろうか。
最期は自宅の布団で看取りたかったけれども、許されなかったのが唯一の心残りだった。
『嚙みつかれグセのある彼女』
彼女の手はいつでも荒れていた。
警戒心の強い子猫が噛むのだ、と彼女は笑って言う。
それすら愛おしく、歳月を見守るように、穏やかな声で話す。
家族の中でも一番、嚙みつかれているかもね、と幸せそうに言った。
それも月日が解決した。
もう手は荒れていない。
『君の歴史書に私はいない』
君が生きた証を識るす歴史書に、私は手を伸ばすことはなかった。
読んだら後悔することが分かっているから、ふれることはなかった。
君の歴史書に私はいない、と知っているから無用の長物だった。
君は私を記録にすらしてくれなかった。
氷のように冷たい人だった。
「iotuは、何もかも悟ったような顔で最後の嘘をつきました。
それは悪あがきのような嘘でした。
「絶対にあきらめたりしないよ」、と。
本音は仕舞い込んだまま。」
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僕は、何もかも悟ったような顔で最後の嘘をついた。
悟りの境地には遠いのに、まるで何でも知っているかのような顔をした。
それは悪あがきのような嘘だった。
「絶対にあきらめたりしないよ」と僕は君に宣言した。
その実、君が僕から立ち去っていくことが怖かったのに。
本音は仕舞い込んだまま。
目には映らない愛情というものを探していた。
あまり愛情を持って生まれた方ではなかった。
だから、そんなものがあるのなら、手に入れたいと願っていた。
足を棒に探して世界の果てまで探した。
ほとほと疲れて、故郷に帰ってくると幼馴染が「お帰りなさい」と言う。
なんだ、答えはここにあった。
長月の候。
仲秋の名月が見られる時期だった。
月が出ている時期に産まれたから『美月』と名付けられた。
両親は愛情をもって育ててくれた。
けれども『美月』の名前は重かった。
『顔面クレーターじゃないか』と近所の少年がからかう。
『だから、美月なのか』と吹き出物だらけの少女の顔を言う。
人情なんて信じられない。
そんなものがあるのなら、どうして黒猫を飼っているということだけで魔女扱いされるのだ。
飼い主の手が黒猫を撫でて、力なく床に伏せたのだ。
黒猫の飼い主の恋人の元へと黒猫は走る。
最後に愛情という結晶を信じさせてくれた、その恩に報いるために黒猫は走り続けた。