僕の婚約者は花の名前の少女だと聞いた。
会える日をとても楽しみにしていた。
顔合わせのパーティーが開かれた。
初めて会った婚約者は椿の着物が良く似合う美人だった。
笑ったら綺麗なんだろうな、と思った。
固い表情の少女は「椿と申します」と頭を下げた。
笑顔を見るのは難しそうだ
彼女と見た夢の欠片が今も胸をキリリと刺す。
喉に刺さった魚の骨のように、厄介だった。
もう見ることはない夢だから、ふと脳裏に過ぎると微苦笑をする。
想い出にするにはまだ時間がかかりそうだった。
離れ離れになった彼女は今も幸福だろうか。
思い返しては想う。
彼女の目に映るのは僕だけで充分だ。
彼女の声を聴くのは僕だけで充分だ。
誰もいない場所に彼女を連れ出して閉じ込めてしまいたい。
そうすれば彼女を僕だけのものにしておける。
なんて物騒な願い事だろう。
どこまでも自由な彼女が好きになったというのに。
正反対のことを願ってしまう
いつの間にか二人でいることが当然になっていた。
何をするのでも一緒。
どこへ行くのも一緒。
空気のように自然にあるものだと思いこんでいた。
だから、独りきりにされると、とても寂しい。
生木を裂くように、心がずきずきと痛む。
早く二人ぼっちになりたい。
いつものように手を繋いで
コートを羽織ると真夜中の街にくりだした。
ネオンは煌き、夜闇を嫌うような明るさで満ちていた。
だからこそ落ちた影が暗く淀んだものになる。
コンビニのレシートの裏にボールペンで文字を書く。
インスタントの式神ができる。
「疾くと走れ」言霊を乗せれば完成だ。
レシートが飛び行く
今回はミス一つないはずだ。
今度こそ先頭に名前があるはずだ。
そんな少女の小さな希望は無残に引き裂かれる。
廊下に張り出されたテストの結果は、白金色の頭髪の少年の名前から始まっていた。
少女の名前は2番目だった。
いつも通り無表情の少年とすれ違う。
少女は少年を睨みつけた。
出すあてのない手紙も山のよう。
相手の安否を気遣うところから始まる。
日記のように近況をつづり、封をする。
宛名を書いて、そのまま山積みになったそれに重ねる。
今日も誰かに届けるはずに手紙を書いた。
けれども受け取る相手は永遠の眠りの中。
思い出の中で鮮やかに笑っている。
二人ぼっちだね。
このまま世界の果てに行こう。
二人だけのナイショにして、新しい世界に行こう。
重たい荷物は、ここに置いて行こう。
誰も知らない場所で、背伸びをしよう。
きっと幸福が待っているよ。
手を繋いでどこまでも歩いていけるような気がするよ。
二人だけの秘密にしよう。
酔うと多弁になる貴方。
いつもは秘めている言葉を紡ぐ。
そんな貴方を見るのが好き。
だから、私の前だけにしておいてね。
他の人には笑顔で「好き」と言わないでね。
我が儘だとわかっている。
でも、私にはその我が儘を振りかざす権利があると思っている。
だって、私は貴方の恋人だから
君は気がついていないかもしれない。
僕の「愛してる」は君限定の魔法の言葉なんだ。
君以外の人に言ったことはない。
君にだけ届けたい気持ちなんだ。
君が僕だけを見つめてくれるように、今日も君の耳元にささやくよ。
どうか僕の虜になってくれないかい?
僕が君に夢中のように。
息も白く凝る。
肌を切れるような寒さに閉口してしまう。
寒さを言い訳にして、抱きついた。
驚いた顔をして、抱きしめ返してくれた。
それが嬉しくって、寒いのも悪くないなと思った。
冬が奥手の二人の距離を近づけてくれる。
耳まで赤くなったのは寒かったからだということにしておく。
本当に嫌になっちゃう。
祝われる私より、祝ってくれる貴方が嬉しそうだから。
ただ歳を重ねただけなのに、楽しそう。
盛大に祝われると、こんな私でも特別だと勘違いしてしまいそう。
どうして、嬉しそうな顔をするの。
貴方の誕生日じゃないのに。
出会ってくれて感謝するのはこちらの方
いつも笑顔の君が好きだと気がついたのは、いつからだろう。
辛いことや悲しいことがあっても、君は笑顔で乗り越える。
そんな強さに惹かれた。
後ろ向きの僕の背中を押してくれる。
君の笑顔は勇気百倍。
君を好きになってから僕の世界はちょっとずつ変わっていった。
すべて君のおかげだ
振動音に携帯電話を見る。
液晶画面にはメルマガが届いたという通知が表示されていた。
ほんの少しの期待は裏切られた。
もう二度と連絡はしてこないであろう相手のアドレスを消せないでいる。
おはようもおやすみも、もう届かない。
それが寂しかった。
変わらない液晶画面を眺め続ける。