「さようなら。ありがとう。愛しい人」あなたは私の頬にふれる。
涙を指先で拭ってくれる。
それがあまりにも優しくて次から次から涙が生まれてしまう。
あなたは憎ませてもくれない、ずるい人だ。
もう二度と会えない。
恋の炎が揺れる。
これから先の人生あなた以上に愛する人はできないだろう。
君が歩む道は平坦ではない。
それを分かっていて旅立つ君に、どんな言葉を贈ればいいのだろうか。
これから先、君の涙を拭うこともできない。
君の弱音を聞くこともできない。
一緒に笑いあうこともできない。
できないことばかりだ。
心残りにならないように、見送ることしかできない。
サヨナラ。
少年は今日も少女の髪を梳く。
漆黒のような色の髪は極上の絹糸をさわっているようで気持ちがいい。
それを正直に伝えたら少女の機嫌を損ねる。
だから表面上に出さないように髪を編み上げていく。
少女の黒髪は美しい。
支度が終われば、もうふれることはできない。
それが残念だが今日も綺麗だ。
1時間浸水してから炊いたご飯。
昆布からとられた出汁を使ったお味噌汁。
ぬか床から取り出されるお漬物。
丁寧に作られた食卓に、青年は嬉しくなる。
少女が来てから食事が一変した。
シリアルに牛乳というお手軽なら朝食から純和風な朝食に。
すっかり舌が肥えてしまった。
他所は食べられない。
君の気持ちを聴かせてくれないかい?
胸を僕と同じくらい『好き』で満たしていないかい?
素直になって教えてほしい。
僕だけが君を想っているんじゃないと。
僕の問いにうなずいてくれるだけでいい。
そうしたら、僕ら最強に両思いだ。
世界中探しても、こんなにもお似合いなカップルはいない。
口にしなかった言葉。
伝えられなかった言葉。
後悔と共に心の奥底でカランコロンと音を立てる。
いつになったら言えるのだろうか。
それとも一生、言葉にしないままで終わるのだろうか。
綺麗な物だけを食べていられればいいのに。
美しい物だけをふれていられればいいのに。
カランコロンと鳴る。
肌と肌が重なり合うことは心地よい。
手を繋いだり、キスしたり。
自分とは違う温もりにふれあうことはドキドキする。
まったく別々の二つが一つになるような気がする。
知らなかった頃には戻れない。
挨拶のように肌をふれあわせる。
深みにはまっていく。
こんなに幸せな気分は世界に二つとない。
君は誰かのために泣いてはいけない存在になった。
誰にでも平等に接しなければならなくなった。
そんな君の代わりに、泣かせてください。
僕の涙を見て、君は微苦笑を浮かべるだろう。
「馬鹿だな」と僕の涙を拭うだろう。
そして小さく「ありがとう」と呟くだろう。
世界が君に優しくするように。
「失恋したよ」幼馴染が言う。
「胸を貸してくれないか?泣きそうだ」と言葉を重ねる。
「本当に泣きたいの?」私は尋ねた。
幼馴染の表情が晴れ晴れしていたから疑問に思ったのだ。
「こういう時は嘘でも慰めてくれるものだぜ」幼馴染は微苦笑を浮かべた。
「敵わないな」と付け足すように言った
会えない日が続くと疑心暗鬼になる。
彼は異性から見て魅力的な人物だから。
他に想いを寄せる女の子たちがいるのは知っている。
それも両手の指ではあふれるぐらいに。
それでも彼と会えるとそんな悩みもチョコレートのように溶ける。
愛されていると実感する。
心の痛みも消え失せる。
お泊り会はテレビゲーム大会になった。
ボードゲーム、アクションゲーム、パズルゲーム。
どんなゲームでも彼に勝てなかった。
それどころか大差をつけられて負ける。
「そろそろ限界だろう」彼が切り上げようとする。
「いや」勝ち逃げは許せない。
「眠いだろう?」
「勝つまでやる」
「はいはい」
「寂しいからそばにいて」なんた可愛らしい言葉が言えたら違っただろう。
いつだって強がるばかり。
あなたの優しさを「大丈夫」の一言で切って捨てた。
本当は迷惑をかけたくなかっただけ。
面倒な女だと思われたくなかっただけ。
人並み以上に、寂しさを感じていた。
今度は素直になろうと思う。
「ハンカチ持った?」玄関でくりかえされる問い。
「ティッシュは?」小学生を送り出す母のように尋ねられる。
クレジットカードと携帯電話さえあれば何とかなる世の中だ。
「大丈夫だよ」と切り上げて家を出ようとした。
「もう忘れ物しちゃ駄目だよ?」額にキスをされた。
完全な忘れ物だった。
水溜まりに映った世界は逆さまだった。
水面に空が映りこんでいた。
小さな世界で輝く太陽めがけて、足を踏み入れる。
ぱしゃんという水音と共に小さな世界は終末を迎えた。
水溜まりは四散して、またずるずるとアスファルトのくぼみに治まる。
その様子が面白くて、小さな世界を探しながら歩く。