テーブルの上にお弁当箱が鎮座していた。
走れば、まだ間に合うだろう。
エプロンを外して、お弁当箱をつかむ。
日陰を選んで歩いている背中が見えた。
名前を呼ぶと不思議そうな顔をして振り向いた。
お弁当箱を見せる。
「もう忘れ物しちゃ駄目だよ?」と言うと「ありがとう」と額にキスされた。
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せっかくの休みが揃ったというのに、貴方の視線はすれ違う女の子を見ている。
久しぶりのデートだからと買ったばかりのワンピースを着てきたのに。
褒めてもくれなかった。
もう飽きられたのかな、そんなことを思ってしまう。
貴方の視線を独占したい。
ここにこんなに可愛い女の子がいるんだぞ。
テレビでひまわりでできた迷路が紹介されていた。
「面白そうだね」と私は言った。
「そうだね」と貴方は言った。
私はリモコンでテレビの電源を切った。
食事中はテレビを見ないのが我が家のルールだ。
話題はそれきりだった。
貴方は私と違って忘れない。
日曜日、ひまわりの迷路に連れてこられた。
今でも思い出す。
別れの際だった。
君はぎこちなく、僕の指先を両手で包む。
そして大粒の涙をためながら笑った。
君を置いていくのは、身が割けるように辛かった。
どうしても一緒にいられないことが悲しかった。
それでも最後に君が笑ってくれたから救われた気がした。
この別れは無駄ではない。
僕らから君にあげられる一生分の幸せを形にした。
それは君の左手の薬指と同じサイズの指輪。
これから先、君と一緒だったらやっていけるような気がしたんだ。
苦しい時も、悲しい時も、傍にいて分かち合いたい。
その背に負った荷物を軽くしてあげたい。
そんなことを思ったのは君が初めてだ。
仕事の最中だった。
眩暈がして、天地が逆さまになったような気がした。
血が垂直落下していく感覚がした。
貧血を起こしているのだろう。
分かっていてもどうにもならない。
床に倒れる。
その直前に手が伸びてきた。
床と正面衝突する事態は避けられたようだ。
抱えてくれた同僚に感謝を告げる。
君を想う時は独りきりのことが多い。
君が隣にいないから、君を想うのかもしれない。
二人の時は、それだけで幸せいっぱいだ。
でも独りきりの時は寂しさが募る。
君の声が聞きたい。
夜半過ぎに眠れずに、そんなことを考える。
こんな時間に電話をかけたら迷惑だろう。
君の声を思い出しながら眠る
嘘をつくのは簡単だ。
それで場が和やかになるなら、喜んで嘘をつく。
「君のことが好きだよ」僕は君の耳元にささやいた。
君は目を三角にして、僕を見つめる。
「嘘つきの言葉なんて信じられない」君ははっきりと言った。
「本当なのに」そのまま耳にキスをする。
嘘つきの本音なのに伝わらない。
君と一緒だと空気を吸いすぎてしまう。
その結果むせて恥ずかしい目に合う。
本当は君と楽しく話したい。
それなのに沈黙が漂ってしまう。
きっと君の足音すら愛しいと感じるせいだ。
君のすべてを耳で、鼻で、喉で、目で感じたいからだろう。
僕の鼓動は高鳴っている。
君と同じ空気を吸っている。
1月の誕生日にガーネットの指輪を貰った。
誕生石である宝石は学生でも買える手ごろの物だ。
バイトをしてお金をためて買ってくれたのだろう。
それが想像できて鼻で笑う。
これが4月生まれだったら用意できたのだろうか。
無理に決まっている。
月光の中では落ち着いて見える指輪は物足りない。
しとしと降る雨は貴方の涙を思い起こされる。
私の知らない場所で貴方は泣いているのだろうか。
それなら今すぐ貴方の元に向かう。
独りで泣いているなんて悲しすぎる。
貴方の苦しみを分かち合いたい。
だから、黙って泣いていないでほしい。
どうか伝えてほしい。
私は貴方のために強くなるから。
僕は君のふわりとした髪を撫でる。
「もう、子ども扱いやめてよ」君が抗議する。
別に子ども扱いしたわけではない。
髪にさわりたかったから、さわっただけだ。
それをストレートに伝えても通じないだろう、と思った。
残念な気分だったが、髪にふれる回数を減らそうと思った。
嫌われないために。
君は僕がいないと何もできない。
そのことをいい加減思い知れば良いのに。
君ひとりで成し遂げたことがあるのかい?
成功させるのに、僕が隣にいただろう?
そのことにいつになったら気がつくのだろう。
君は僕がいないとダメなんだ。
でも、同じくらいに僕も君が隣にいないと寂しくてダメなんだ。
君に翼をあげよう。
君が好きな人のところへ、君が飛んでいけるように。
もしここへ帰ってくる羽目になっても大丈夫。
目印になるように鮮やかな花を持って待っていよう。
だから、安心して飛び立ってくれ。
無力な僕ができる唯一のことだ。
君が独りじゃなかった証に見送るよ。
さぁ羽ばたく時間だ。
純白は無惨に散らされた。
運命とは不思議なもので、加害者と被害者がひっくり返ることがある。
美しい乙女は涙を耐える。
嵐のように起きた事件に流される。
抗いひとつあった方がこちらは楽しいものだ。
二度と消えないように所有の証をきっちりとつける。
この暴行に乙女は何も言わなかった。