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「 引用RT 」
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『私宛ての手紙』

郵便受けに桜色の手紙が入っていた。これで何度目だろうか。私宛の手紙が来るようになったのは。
ラブレターではない。
近況を綴る筆跡は男性のものだろう。落ち着いた大人の男性が万年筆で書いたような文字。
インクの色はその時々だ。なのに便箋は桜色。
私の名前も桜だ。
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『ヒーローは助からない』

デートで映画を観ることになった。それはかまわない。一般的なデートだろう。
僕にとって二度目の鑑賞になるけれども、それもかまわない。
けれども結末を知っているからこそ、不安になる。
この映画のヒーローは助からない。
きっと君は、喫茶店で大泣きするだろう。
『誰かに好きと言っておいて。』

猫のように自由気ままな彼女が言った。
意味を取りかねて、尋ねると苛立ったように言う。
『誰かに好きと言っておいて。誰でもいいから』と不思議なことを告げる。
好き、は特別な感情だ。言われたら嬉しい言葉だ。誰でもいいことなんてない。
僕は彼女を見た。
『日さえ沈むのに、今日も仕事は終わらず。』

今日もサービス残業だ。年度末というのは何かと忙しい。
日さえ沈むのに、今日も仕事は終わらず。と窓の外を見て、ぽつりと呟いた。
「何か言った?」と隣のデスクの同僚が尋ねた。
「独り言だよ」と答えた。
「今日は早く帰りたいな」と隣が言う。
『誰にも秘密のSOS』

テーブルの上にイチゴが乗ったショートケーキがあった。
それは誰にも秘密のSOSだ。
ストロベリー・オンザ・ショートケーキ。
頭文字を取ればSOS。
泣くこともできない彼女の精いっぱいのシグナル。
僕はケーキに似合う紅茶を入れる。笑顔を想像しながら湯が沸くのを待つ。
『初恋相手は幽霊でした』

初めて恋に落ちた人は、もう存在しない人。
歴史の本をめくって、わずか一枚残った写真に心を踊らせた。
初めてのときめきだった。
初恋相手は誰と訊かれて「幽霊でした」とほろ苦く笑うのがお約束になっている。
そんなに過去の人に恋をするのは、珍しいだろうか。
『ハルオエ』

春を追いかけろ、と白い紙は告げていた。
三寒四温とリズミカルに読んで、ハルオエに従う。
白梅の香りがした。ハルオエ、一つゲット。
地図を片手に学校に向かう学生を見た。きっと願書を提出する受験生だろう。ハルオエ、二つゲット。
順調に春を追いかける。簡単な課題だった。
『愛しい水音』

ハッピーエンドを迎えたはずの人魚姫。
それなのに、毎夜毎夜、真珠の涙を零す。
やっぱり人間と人魚は結ばれてはいけないものなのだ。
愛しい水音が人魚姫に『帰っておいで』とささやく。
もう一度だけ、もう一度だけ、人魚姫はあの海を泳ぎたい、と真珠の涙をハラハラと零す。
『家族の終わりの日』

こんがり焼いたトースト。
ボウルいっぱいのサラダ。
あたたかなスクランブルエッグ。
カリカリのベーコン。
いつもの朝食だった。
ただ一つ違うものがあるとしたら、テーブルの真ん中に置かれたホールの苺のケーキ。
まるでお祝いごとのように、家族の終わりの日が来る。
『キス射程距離までの侵攻戦』

君はいつでも笑っている。そんな君に僕は夢中になってしまった。
君を恋に堕とすにはどうしたらいいだろう。
僕は作戦を考える。君を恋人にしたら、毎日が楽しいだろう。
まずは、キス射程距離までの侵攻戦を考える。
額でも、頬でもなく、唇にキスする作戦だ。
『弱ったふりなど止せ』

剣の稽古なんて平和な時代、何の役に立つのか。
そんなことよりも木陰で昼寝でもしていたい。
けれども剣を指導する先生は、それを許さない。
「弱った振りなど止せ」とまで言う。
先生に付き合うのは、全力を出しても敵いっこないのに。
気難しい先生の言葉は重たい。
『君の魅力は分かりにくい』

八等分したピザを食べていた時だった。
コーラを飲んでいた幼馴染が微苦笑した。それに釣られたように私も微笑んだ。
もちろんピザを飲みこむように食べて。
「君の魅力は分かりにくい」と幼馴染は言った。
「分かる人に分かればいいんじゃない?」と私は言った。
『旅のおわりに誰をまつの』

「旅人さん」と声をかけられた。
まだ若い娘だ。旅人から見れば、幼いと言ってもいいぐらいだ。
「旅のおわりに誰をまつの?」と娘が尋ねてきた。
どう答えようか。ビー玉のようにキラキラと瞳を輝かせる娘の期待を裏切りたくない。
「君が待っていてくれるかな?」
『夕日のすすめ』

「夕日はいいね」と初老の作家が窓を見ながら、誰に聞かせる気もないように言った。
同じ部屋に編集者の私がいることすら忘れているようだった。
それだけ落ちていく夕日を見つめていた。
「こんな夕日を見ていると、思い出が湧きあがってくるようだよ」と微笑みながら呟く。
『先生から私を守ってくれた悪童』

彼は悪童と呼ばれて、先生すら要注意していた児童だった。
私は、ある日先生が作った大切なプリントを駄目にしてしまった。
どう謝れば許してくれるのか、そればかりを考えて泣いていた。
「名乗り出なさい」と先生は言う。
彼は「俺がやりました」と言った。
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