かつて暮らした村は荒廃していた。
人の気配もなく朽ちていく家々が存在していた。
ふいに楽しかった子供時代がフラッシュバックした。
幼なじみと過ごした時間は貴重な思い出だった。
もう過去のことだと思うとやりきれない気持ちになる。
今は未来に向かって進むだけだ。
最後に振り返る
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整いすぎた顔に笑みが浮かんだ。
それは一瞬にしか過ぎなかった。
瞬きしているうちに笑みは消えた。
それを見てしまったことを悔やんだ。
誰にも見せたくない笑顔だったのだ。
また微笑を見ることができたら、どんなに幸せなことだろう。
たった一瞬の笑顔に恋に落ちてしまったのだ。
「欲しい物は?」と訊かれて「何でも良いよ」と答えた。
彼の口癖のようなものだったから、まさか誕生日の贈り物だとは思わなかった。
まさか歳の数だけの赤い薔薇とドレスが贈られると考えもしなかった。
ギフトボックスに入った現実を睨みつける。
突拍子もない贈り物に困惑する。
夕暮れに染まる教室の中で、二人っきりだった。
放課後の学校は閑散としていて、感傷的になる。
帰り支度はすっかりできていた。
それでも別々の道を帰るのが寂しかった。
私は遠慮がちに、彼の両手をぎゅっと握る。
彼は無言で握り返してくれた。
それだけで心の奥の灯火が揺らめく。
カーテンコールが鳴り止まない。
下り切った緞帳を惜しむように拍手が続く。
緞帳前に彼が飛び出した。
黄色い歓声が上がる。
照明を浴びて、彼が観客に向かって一礼する。
盛大な拍手が贈られた。
自分だったらできないことだろう。
とても羨ましく思った。
これで全公演は華やかに終了した
生まれて初めて他人を好きになった。
自分よりも大切な人ができた。
その人のためならどんなこともできた。
自分が強くなったような気がした。
その人はこちらを振り返ることはなかったけれども。
それでも良いと思えた。
好きという気持ちは日増しに大きくなっていく。
もう目が逸らせない
言葉は言霊になって結晶化する。
結晶化した言霊は、伝えたい相手の心に直接届く。
だから言霊使いは慎重に言葉を選ぶ。
それ故、寡黙になりがちだった。
万が一にも悪い言霊が伝わってしまったら大惨事だ。
大切な想いが輝きながら、心の中で溶けていく。
無駄なことを言わないように誓う
私と彼の間に沈黙が落ちた。
言い訳なんて聞きたくなかった。
だからといって押し黙られるのは困ったものだ。
昨日、何をしていたのか聞きたかっただけなのに。
二人が付き合った記念日にどんなことをしていたのか。
忘れ去られたという事実を理解したくなかった。
今は重い沈黙に耐え難い
黎明の中で文字を追いかけていた。
正確には本を読んでいたら黎明を迎えてしまった。
昔はここまで本に夢中になることはなかったから不思議だ。
生活のリズムを変えるまでして何かに夢中になることはなかった。
それが今では寸暇を惜しんで本を読んでいる。
未来は分からないものだと思う
最初は波打ち際を歩いているだけだった。
その足が波にすくわれるような場所まで、少女は歩を進めていた。
このままでは海に帰ってしまうように思えた。
濡れるのもかまわず、少年は駆け寄った。
力強く、少女の腕に触れる。
海とは正反対な凪いだ瞳が抗議するように少年を見た。
思い出はいつでも優しい。
どんな時にも少年が傍らに寄り添ってくれていた。
孤独を感じる暇もなかった。
昨日も、一昨日も、ずっと一緒だった。
それがたまらなく嬉しく感じるのだ。
悲しい時も苦しい時も、かわらず傍にいてくれた。
振り返ってみれば、たくさんの思い出ができていた。
それは穏やか過ぎた。
だんだん距離が開いていって、気がつけばいないのが当たり前になっていた。
傷つけるだけ傷ついてきたそれまでとは違った。
もう恋人同士と呼ぶことはできないのが残念だった。
いつまでもアドレス帳に残る番号を消せずにいる。
次がないことは分かっているのに。
一人暮らしを始めて、独り言が増えた。
今までは話す相手がいたから、会話に困ることはなかった。
けれども今はコンビニで言葉を交わすぐらいで、言葉を忘れてしまいそうだった。
孤独に耐えかねて携帯電話を鳴らした。
懐かしい声がして安堵した。
変わらない日常が彩られた様な気がした
手紙が届いたら、そのままにしておいて。
あなたへの気持ちがあふれすぎて形になったものだから。
読んで欲しくて書いたんじゃない。
止まることのない心が駆け出したものだから。
あなたに手紙が届いたという事実だけでもう充分なの。
だからお願い。
開封しないで、そのままにしておいて
夢見たことが結晶化する。
色とりどりのそれは闇市で売られる。
罪を重ねる者の結晶は高値で引き取られる。
罪悪感が強ければなおのこと。
結晶は美しく光輝くのだ。
それは夢と現実の合間で売買される。
今日は滅多に手に入らない上物が、オークションにかけられた。
持ち主が知らぬ間に。