今日、一つ大切なものを失った。
失ってから気がついた。
これが大人になるということだろうか。
少しずつ失っていく。
それを諦めて縋りつくようなことはない。
失ったものは想い出になって、心の奥底でキラキラしている。
いつの日か笑い話になるのだろうか。
鈍い痛みを抱えながら今日も生きる。
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手元に残された写真を見る。
今よりも幼い二人が笑っている。
離れ離れになるなんて想像をしたこともなかった。
仲良しの二人の写真だ。
どこか楽観視していたのだろう。
写真の中の二人はまだ子供といってもいい年齢だ。
苦悩からは遙か遠い。
心に翼があるのなら、君の元に今すぐ飛んでいくのに。
施される優しさは平等なものだった。
自分だけが特別だからではない。
誰にでも与えられるものだった。
それでも、僕は喜んだ。
何も与えてくれなかった人たちとは違う。
殴られる心配も、叱責を受ける心配も、ご飯を与えられない心配もなかった。
頑張った分、優しく頭を撫でてもらえた。
楽園だ。
君は知らないだろう。
僕は君の「大丈夫」が、大嫌い。
僕は君を支えられるぐらい大きくなったつもりだ。
いつまでも、何もできない子供ではない。
君が涙をこらえて「大丈夫」という度に胸が痛む。
そんなに僕は頼りないのだろうか。
君が傷ついた心をくるむ準備はできている。
だから泣かないで。
綿菓子のようにふわふわと泡が立つ。
ふれれば弾けてしまう。
儚い泡たちは増えていく。
泡の底にある水に沈んだ食器を手に取る。
スポンジから生まれてくる泡で、皿たちは綺麗になっていく。
冷たい水ですすげば、まっさらな皿に戻る。
それが楽しくて次々に洗っていったら、最後の一枚になった。
長年使っていたマグカップが割れた。
桜木から花びらが散るように自然に手から滑り落ちた。
「どうしよう」涙が零れた。
割れた物は元には戻らない。
愛着があったからより、自分を責めた。
時間を巻き戻せばいいのだろうか。
今日を昨日にするように。
マグカップが割れる前に戻ればいいのだろうか
社交界で人気者の伯爵にダンスに誘われた。
貴族でもない身の上では光栄すぎることだった。
目立つことは嫌いだったが断ったらサロンに誘われなくなるだろう。
「どうして選んだのですか?」ダンス中に尋ねる。
「君が綺麗だからだ」伯爵は言った。
笑い飛ばしてしまいたかったのにできなかった。
中学校の制服が届いた。
新品なセーラー服をまとって、お隣さんに訪れた。
両親が共働きだから、何かと面倒を見てもらっている。
だから一番に見てほしいと思った。
呼び鈴を鳴らして出てきたお隣さんは、寝癖がついていた。
「似合いますか?」尋ねると「もうそんな大きくなったんだな」と零した
ベルトの穴を一つ移動をさせた。
思わず呻き声が出た。
これ以上太るわけにはいかない。
少し豊かに胴回りにため息が零れる。
今日は立食パーティだ。
会費の元を取ろうと食べてしまうだろう。
それを戒めるためにも、ベルト穴一つ分の我慢する。
着れる服がなくなってしまう前に何とかしなければ。
「たとえばの話をしようか」少年は言った。
「まあ、素敵」布団の中、お気に入りのぬいぐるみを抱えた少女が笑う。
「今日は、どんな話をしてくれるの?」少女はぬいぐるみをぎゅっと抱えこむ。
「君はお姫様だ。僕はそれを守る騎士だった」少年は適当な設定で話を始めた。
少女は期待をして見る
スマホを片手にうずくまっていた。
出したばかりのメールに返事が来るのは、いつだろう。
最近仕事が忙しくて、すれ違ってばかりいる。
本当はこうしている間にも貴方の元へと飛んでいきたい。
スマホ越しじゃなくて生身の声が聴きたい。
想いは募っていくばかりだ。
スマホを握り締め返事を待つ。
インスタントカメラで撮った写真に納まる二人。
この頃は、明日のことなんて考えていなかった。
今が楽しければそれで良かった。
別れが来ることがあるなんて想像もしていなかった。
邂逅することはないだろう。
懐かしい写真に心で泣く。
もう会えない君だけど、元気にしているだろうか、思った。
月が沈んで絶好の天体観測日和だった。
星が降るように瞬いていた。
無口になった君に「どうしたの?」と僕は問いかける。
「暗くて……」君は小さく呟いた。
星の明かりだけでは頼りなかったのか。
「つかまって良いよ」と僕が言うと、君は恐る恐る、腕をぎゅっと握る。
良い思い出になって欲しい
君は知らないだろう。
永遠に知らなくてもいい。
知らないほうが幸せだということもある。
僕が陥っている事柄は君に関係ない。
切り離して考えるべきことだ。
どうしてこんなことになったのだろうか。
過去の僕はきっと笑うだろう。
僕の弱点イコール君だということに。
抱えこんでしまった想いだ。
TVで傘マークを見たけれども楽観していた。
いつでも大丈夫だと思っていた。
それは恋も一緒だった。
バケツをひっくり返したような夕立ちに出会った。
傘を差しかけてくれる人はもういない。
靴まで浸食した雨水の中で生温かい雫が混じる。
離れていく人を引き留めなかっただけ自分は偉いと泣く。