「傘、持ってきていないの?」君が僕に尋ねた。
昇降口で立ち尽くしていたからだと思う。
僕は傘を持っていたけれども、雨音を聴いていたかったから、残っていた。
「持ってくるの忘れたんだ」と嘘をついた。
「じゃあ、一緒に入っていく?」と君が言う。
「iotuは、特別に優しい声で最後の嘘をつきました。
それは相手を楽にするための嘘でした。
「君が居なくても何も変わらないさ」、と。
本音は仕舞い込んだまま。」
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僕は、特別に優しい声で最後の嘘をついた。
それは相手を楽にするための嘘だった。
「君が居なくても何も変わらないさ」、と愛をささやくような声音で言った。
本当は君が居なければ、夜を越すことも難しいのに。
君の心の重荷を少しでも軽くするために微笑んだ。
僕の本音は仕舞い込んだまま。
大通りで白金色の頭髪の少年を見かけた。
少女は思わず路地裏に身を隠す。
少年の隣には金髪の少女がいた。
恋人だろうか。
頭だけはいい、愛想のない少年のどこがいいのだろうか。
お人形さん遊びをするようなものだろう。
少女はさりげなさを装いながら少年の前に現れた。
「ごきげんよう」と笑う。
かつての秘密基地は荒廃していた。
卒業後、誰も手入れをしなかった証拠だろう。
想い出に変わってしまった過去に腰を下ろす。
君がいたせいだろうか、ここから見る夕焼けは何よりも、美しかった。
残念ながら、まだ昼すぎで、僕の隣には君はいない。
我慢することを覚えた僕は、ためいきをついた。
「iotuは、無理に笑顔を作って最後の嘘をつきました。
それは最初で最後の嘘でした。
「まだ一人で生きていける」、と。
頼むよ、ごまかされてください。」
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僕は、無理に笑顔を作って最後の嘘をついた。
君にはいつでも正直でいたから、それは最初で最後の嘘だった。
「まだ一人で生きていける」と。
家族を喪ったけれども、思い出はまだ胸の中にある。
一人で生きていくのは心細かったけれども、まだ笑顔が作れるのだ。
頼むよ、ごまかされてください。
夜空には銀の星たちが集っていた。
光年という尺度から見れば、刹那の生命である人だったがためいきが零れた。
星々はすでに春支度をすましており、まばらに輝く。
冷たい風が駆け抜けていった。
夜空を拭くように。
そこには冬の凍えるほどの寒さはなかった。
暴力的な春が来るのだ、と感じた。
愛猫を抱えこんで、夜の散歩に出た。
愛猫に銀河を見せてやりたかったのだ。
もうすぐついえる生命だったから、よりいっそう。
けれども、今日の夜空は霞んでいた。
「ごめんね」と愛猫に囁いて、撫でる。
腕の中の愛猫はあたたかく、終わる日が来るとは思えなかった。
愛猫は元気よく返事をする。
人の体を巡る液体は海にほど近いという。
それならば、こうして流される涙も海と同じ。
塩辛さとあたたかさは一緒だろう。
君は泣きそうになりながら、僕の手のひらを両手で包む。
「もう無理はしないでよ」と海のように広い心でささやく。
けれども、それを守る自信はなかったから約束はできない。
如月に入って、春めいてきたようだった。
テレビでは数々の庭園を紹介するコーナーで、花が映った。
そういえば最近、外出していないなと思い、妻を誘おうかと思ったが、やめた。
妻は花粉症なのだ。
残念に思いながら、テレビを消した。
「ミモザサラダよ」と卵が弾けるサラダが食卓に。
「iotuは、ぎゅっと手を握り締めながら最後の嘘をつきました。
それは相手を守るための嘘でした。
「いなくなったりなんてしないよ」、と。
いっそ笑い飛ばしておくれよ。」
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僕は、ぎゅっと君の手を握り締めながら最後の嘘をついた。
それは相手を守るための嘘だった。
「いなくなったりなんてしないよ」と。
君の眼は疑り深い。
「本当に?」君は尋ねる。
「君が飽きるまで一緒にいるよ」嘘に嘘を重ねる。
誰か、いっそ笑い飛ばしておくれよ。
笑いもしないピエロの末路を。
「一度、言ってみたい言葉があるんだけど」君は微苦笑をした。
「なに?」僕は尋ねた。
「ざまぁみろ」と君は言った。
「何か悔しいことでもあったの?」僕は訊いた。
「全然」君は否定した。
「使う場面が少ないし、君に似合わないよ」と僕は微笑んだ。
「憧れない?スッキリしそう」と君は言った。
君との間に漂った沈黙が重くてテレビをつけた。
緊張した空間に、とりあえずの音があふれる。
君は盛大なためいきをつく。
逆効果だっただろうか。
僕はテレビに夢中な振りをして、画面を見つめる。
「そうやって逃げるのね」と君は静かに冷たく言った。
テレビを消したがもう遅い。
君は怒っていた。
久しぶりに実家に帰ったら、産休の姉が生まれたての命を俺に託す。
「あとはお風呂に入れるだけだから」と押しつけられた。
息をしている小さな生命はふにゃふにゃで柔らかい。
「行ってきます」と慌ただしく、姉は出て行った。
湯船に赤子をつけたのはいいが、この後がわからない。
そこへ助け船。
人生の春だった。
思い煩う年頃にやってきた春だった。
少し僕より背の低い彼女は笑った時、最高に可愛い。
彼女が堂々と、僕の腕を両手で包む。
「鍛えているんですね」と彼女が感嘆とする。
「いつでも君を守るためにね」と僕は言った。
少し気障だっただろうか。
彼女の顔を見ると赤面していく。