熱々なものの方が美味しいだろう、とカレーを沸騰するまで温めた。
それに白いご飯にかけて、居間まで運んだ。
テレビを観ていた夫に「ご飯よ」と声をかける。
「ありがとう」と夫の視線はテレビに釘付けだった。
危なっかしい手つきをカレーを口に運ぶ。
「熱い!」と舌が回らない口調で言った。
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少女は古書に椿の花を添えた。
薄紅色の椿は、まるで少女のようだった。
古書を受け取った青年は「ずっと、探していたんだ。ありがとう」と礼を言った。
内気な少女の頬を染めるのには充分な言葉だったようだ。
「こちらこそ。蔵書の中にあって良かったです」と少女はうつむいて小さな声で言った。
あなたの隣で初めて眠った夜。
心臓の音に安らぎを感じて、分け合う体温に幸せを感じた。
鳥の鳴き声で目を覚ますと、すでに朝だった。
もうすぐこの甘い時間ともお別れだと思うと、切なかった。
私は恐る恐る、あなたの腕を折れんばかりに握る。
私の力ではあなたを目覚めさせることすらできない。
晩春に咲く花は枯れた。
それを手折り水葬する。
川は味噌汁のように濁っていて、その分枯れてしまった花の色合いをごまかしてくれる。
毎日、見ていた花だったから、最期にしてあげられるようなことは、これぐらいしかないから。
花は川を下り、海へと届けばいいと思う。
そして楽園へ。
「iotuは、さりげなさを装って最後の嘘をつきました。
それは前へ進むための嘘でした。
「世界は希望で溢れている」、と。
もう、覚悟は決めたんだ。」
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僕は、さりげなさを装って最後の嘘をついた。
何でもない風に、特別に何かあるわけじゃない風に嘘をついた。
それは前へ進むための嘘だった。
「世界は希望で溢れている」と。
同じだけ絶望があるから、希望は輝いて見える。
それを知りながら僕は揺らがずに進もうと思う。
もう、覚悟は決めたんだ。
日本語で呼んでも、英語で呼んでも、太陽の輝きは変わらないだろう。
一番明るい星ということに変わりはないだろう。
そんな太陽を見上げて、僕は悲しむ。
一番というのは孤独と表裏一体。
太陽の孤独を知るものは、どれほどいるのだろうか。
朝夕に染まる哀しみを知るものはどれだけいるだろう。
「iotuは、少しだけ震える声で最後の嘘をつきました。
それは傷をいやすための嘘でした。
「世界は希望で溢れている」、と。
君は何も知らないままでいて。」
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僕は、少しだけ震える声で最後の嘘をついた。
君に震えていることが伝わらなければいい、と願いながら嘘をつく。
それはお互いについた傷をいやすための嘘だった。
「世界は希望で溢れている」と。
何ともわかりやすい嘘をついたものだ。
君は何も知らないままでいて。
嘘つきは僕だけで充分だから。
彼が「手料理を食べたい」と言った。
どちらかというと不器用な私は困った。
断る理由もなく「何が食べたいの?」と尋ねていた。
「肉じゃが、かな」彼は言った。
定番中の定番だから失敗はできない。
実家の母に泣きついた。
電話口で母は『分量なんて適当でいいのよ』と笑いながら指導してくれた。
ため息が自然と転がり落ちた。
君との惜別の時だというのに、なんだか迷惑そうだった。
言い訳を口にしようとしたけれども、何を言えばいいのか思いつかなかった。
君と離れ離れになるのを悲しむ紫陽花のように。
君は目を半ば伏せる。
そして別れの言葉を言う準備をする。
僕はそれから目を逸らした。
君は恥ずかしそうに、僕の指を指先でつつく。
僕は読んでいた本に栞をはさみ、君を見つめる。
すると君はうつむく。
「何か、言いたいことがあったんじゃないの?」と僕は君の指を包みこむ。
雨音が聞こえるほどの沈黙が漂う。
「本に嫉妬していたの」しとしとと降る雨よりも小さな声で君は言った。
「iotuは、馬鹿みたいだと自分に呆れながら最後の嘘をつきました。
それはたぶん最低の嘘でした。
「すべて夢でも構わない」、と。
君は何も知らないままでいて。」
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僕は、馬鹿みたいだと自分に呆れながら最後の嘘をついた。
それはたぶん最低の嘘だった。
今までいくらでも言葉を飾って、君に嘘をついてきた。
その中で、最低の嘘だった。
「すべて夢でも構わない」と僕は言った。
想い出にするには、ほろ苦く、鮮やかな一睡の夢。
君は何も知らないままでいて。
恋の告白は貴方の方からしてほしいの。
貴方は私のことを好きだと思っていることを知っている。
男らしく、しびれるような告白を夢見ているの。
それまで私は待っている。
器用なのに言えない私と、不器用だから気付かない貴方。
そんな二人が恋人同士になるのは、お似合いでしょう?
だから囁いて。
世界の片隅で朝が来るのを待っていた。
ぼんやりと藍色から朱色に染まる空を眺めていた。
夜だけ輝く星のように、夜だけ段ボールから出てくる。
ああ、空が明けていく。
星たちも休む時間だ。
それが何故か切なくなって、涙が零れる。
心安らかに休息をとる時間がやってきたというのに、謎だった。
カレイドスコープの中で反射するビーズたちのように、それは大舞踏会。
ステップをわざと間違えて、あの人に復讐する。
可愛くない、と言われた記憶は根深い。
それなのに、あの人は平気な顔をしてリードをしてくれる。
怒っているのも馬鹿らしくなって心にできた痕を拭う。
涙なんかじゃないから。
君は嫌々ながらも、僕の手のひらに爪を立てる。
まるで、君を無視しているかのような僕に、ここにいるよと気づかせるために。
優しい君は、いつでも自分を後回しにする。
その君が嫌な気持ちに打ち勝って、僕に示してくれたことが嬉しい。
僕はにやけ顔になってしまう。
君が睨んでも怖くないよ。