それは水面に文字を書くように頼りない約束だった。
果たせることなどないと分かっていながら、交わした約束だった。
そんなものに縋りつくほど不安定な関係だった。
確たる約束ができないことに胸が痛む。
作り笑いを浮かべながら、小指を絡める。
不安で揺れる瞳が針千本よりも痛かった
無惨の一言に尽きる。
おおよそ整理整頓できているとは呼べない。
どこに何があるかは分かっている。と部屋の主は嘯く。
到底看過できるものではないので季節外れの大掃除が始まった。
ふいに本棚から写真が一枚、抜け落ちてきた。
浴衣を着た少年少女たちが写っていた。
部屋の主は微笑む
生命の焔は秒針のように、体に刻み込まれる。
荒野を駆け抜けるように通り過ぎていくもの。
どれだけ残されているかは分からないまま、その音を聞く。
その中で没頭することができたなら幸いだ。
痛みも悲しみも喜びに変えることができるだろう。
永遠を見出すことができるだろう。
テレビをつけていれば一日中、少女はかじりついていた。
変わり映えのないニュースを見ていて楽しいのだろうか。
今日もリビングにあるテレビを見ていた。
その小さな背中を見ながら、青年は守らなければと意識する。
神剣・神楽を手にした瞬間から決まった運命に逆らう気はない。
アラーム音に気づかなかった。
目を覚ますと寝汗でパジャマが肌に張りついていた。
窓から差しこむ日差しに驚く。
時計を見れば、起きる予定の時刻から一時間も過ぎ去っていた。
確実な寝坊だった。
ダッシュで風呂場に向かう。
デートまでにかけられる時間は残り少なそうだった。
少女はおもむろに神剣・神楽を手にした。
鞘から白刃を抜くと、鋼の塊にキスをした。
妖刀は嬉しそうに律動した。
少女は刃を鞘に戻すと、青年に手渡した。
「必ず帰ってきてくださいね」と少女は微かに笑む。
「もちろんだ」と青年は神剣・神楽を受け取る。
鉄の塊はいつもよりも重かった
外はとろけるように暑い。
容赦ない日差しにじりじりと焼かれる。
噴き出す汗をハンカチで拭いながら家を目指す。
暑いを通り越して熱い。
重い体を無理矢理動かして玄関まで辿りついた。
よろよろと冷凍庫を開ける。
買い置きのアイスが入っていた。
一口食べれば冷たさと甘さが嬉しい。
見えない振りをしていたけれども、Goサインは出ていた。
このまま傍で立ち止まっていたかった。
君を置いて独りで向かう道は寂しい。
手を伸ばせば届く距離にいるのに、どんどん遠ざかっていく。
君も独りで行くんだね。
これから先、会えなくても笑顔を忘れないよ。
隠れるようにカーテンの陰でキスをした。
小鳥が餌を啄ばむように、何度でも。
くりかえされるキスの数分、怖かった。
いつか終わりが来るんじゃないかって。
今は気持ちが重なっているけれど、離れ離れになる日がやってくるんじゃないかって。
優しいキスの分だけ思ってしまう。
今更になってフォローしたことを悔いている。
簡単に繋がる世界だから、距離感が掴めていなかった。
たった一言の言葉で、傷つけられた。
神のように思っていた人だから、きっと素敵な言葉を紡いでいると信じていた。
開けてみれば、怨嗟と嫉妬でまみれた言葉が間断なく流されていた。
ドラマの一コマのようだった。
インターホンが鳴ったから、玄関のドアを開けた。
すると薔薇の花束を抱えた男性が笑顔で立っていた。
「本当は休みたかったんだけど、仕事が入ってしまったから」とスーツ姿の男性は言った。
「お誕生日、おめでとう」と言われて茫然としてしまった。
「お元気ですか?」と書き出す手紙は少しだけ切ない。
一緒にいられない時間が横たわっている。
確かに空は繋がっているけれども。
いつもいつまでも笑顔でいて欲しいと願う。
紙切れ一枚が元気の素になっているのだろうか。
心だけでも寄り添っていたい。
贅沢な悩みかもしれないけれど。
少女を受け入れた時から運命は決まった。
その宿命を後悔したことがないといえば嘘になる。
神剣・神楽を目の前にして青年は思い返す。
同胞殺しの妖刀を振るうほど人間性が失われていく気がする。
それでも戦うと決めたのは己自身だ。
青年は無言で神剣・神楽の柄を掴む。
今日が始まる。
夏日を更新した電車の中は程よく混雑していた。
時期が時期なだけに、疲労しきったサラリーマンが多い。
車内の空調は効きが甘く、日差しのほうが強い。
座席を埋めている少年が携帯電話の画面を見て、ニヤけている。
隣を座る彼女らしき少女も携帯電話に夢中だ。
二人の間に会話はない。