「お腹空いた」思わず呟きが零れてしまった。
すると歪んたチョコレートボックスを君は差し出してきた。
大切にしすぎたのだろう。
かつては六面体のように角が尖っていたはずだ。
それが潰れている。
君の最後の食糧だろう。
それが分かったから首を横に振る。
「チョコレートは嫌いなんだ」と言う。
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母の趣味は悪い。
シャツからボタンが飛んでしまった。
母は浮き浮きと虹色のボタンを取り出した。
「いや、それはないから」と私は拒絶をする。
つくろってくれるのは、本当にありがたい。
けれども、自分の趣味を押しつけてくるのはどうなんだろうか。
「白とかないの?せめて黒とか」私は尋ねた。
何度も思い返しても恥ずかしい出会いだった。
僕は君を見て泣き出した。
初めての出会いなのに、くりかえした生の中で、ようやく出会えたような感じがした。
君は目を逸らしつつ、僕の手のひらを指先でなぞる。
文字を書く。
それはかつて僕が生きてきた名前だった。
誰も知らないはずの名前だった。
空は曇り。
僕の気分を代弁するようだ。
人間ドッグから逃げ回っていた。
梅雨が終わるのと、どちらが先か。
そんな話が職場で笑えない話題になっていた。
僕はクエストをこなす勇者のように病院に向かう。
優しい看護師さんの説明も頭の良さそうなお医者さんの解説も頭に残っていない。
不安で今にも泣きそうな少女の手を少年は握る。
少女は驚いたような顔をしたけれども、手を振りほどくことはなかった。
瞳がこちらを見つめ、ゆっくりと瞬く。
眦に溜まった滴が頬を伝っていた。
少年は空いた手の方で涙を拭う。
自分の無力さを感じて胸が痛む。
少女にはいつでも笑っていてほしい。
本を読んでいた少女が顔を上げる。
「アイスが食べたくなりませんか?」少女が青年を見つめる。
本はレシピ集だった。
「コンビニでいいなら、買いに行くか?」青年は言った。
「そんなに失敗しそうに見えますか?」少女は悲しそうな顔をする。
「じゃあ、材料を買いに行こうか?」と青年は言った。
死は同一のものではない。
永遠を一瞬にして断ち切るようなものだ。
離れ離れになった生命は再び出会うことはない。
どれほど望んでいても。
終わりの鐘が鳴る。
祝福にも似た音色を響かせながら、今日も人々に知らせる。
神は公平であっても、無慈悲であることを。
手を休め、しばし黙祷を捧げよ。
君の優しさに甘えていた夜だった。
一度きりの夜だった。
僕と君は平行線を歩いている。
そっと交わった瞬間だった。
君の目を見て、君の唇を見た。
微笑みが浮かんでいた。
胸が熱くなった。
君もこの交差を喜んでくれると分かって、舞い上がった。
朝がくるまで手を繋ぎながら、尽きない話をした。
少女は乾いた眼をしていた。
事実を受け入れ、達観したようだった。
その様子が痛々しかった。
「君の代わりに、泣かせてください」少年は言った。
「どうして?」不思議そうに少女は言った。
「こんな時は泣くものです」少年は告げた。
「そう。悲しいこともないのに泣くの?」少女は淡々と言った。
するりと白金色の頭髪の少年は人混みから抜け出す。
少女とすれ違うと、曖昧な微笑みを浮かべた。
目が笑っておらず、少女は震えた。
少年は気にしていないようで、そのまま教室に戻っていった。
それで少女は分かってしまった。
今回のテストの結果も1位は少年のものだということに。
悔しかった。
七夜月にインコが高らかに歌います。
それは誰かが忘れた童話のようで、賑やかな晩になりそうです。
望まれたエンディングを目指してページをめくった夜を想い出させます。
インコの囀りに一緒に口ずさみながら、こんな夜も悪くないと思いました。
月に見守られて静かに更けていきます。
「人を殺すのに刃物はいりませんよ」艶やかな笑顔を浮かべて言う。
「そっと、耳元に囁けばいいのです」
「暗殺の手順をバラしていいのか?」尋ねれば「誰にもできることではありませんからね」と答える。
もったいつけるように「貴方の生を誰も望んでいませんよ」と耳元で囁く。
死にたくなった。
ちょうど羽化する瞬間に出会えた。
固いさなぎの皮を脱げ、透明な身が出てきた。
まだ色は浮かび上がっていない。
飼育箱の中で脱皮した蝶をじっくりと眺めた。
なんて綺麗な生き物なのだろうか。
害虫扱いされるが、1シーズン生きられない生き物は儚くて美しい。
この蝶のように華やかでありたい。
洗っている最中に手を滑らせた。
泡塗れのマグカップはシンクの中で割れた。
大切に使っていたものだけれども、彼方へと逝ってしまった。
かばう言葉もなかった。
もう二度と手に入らない。
たくさんの想い出を抱えながら、マグカップは遠い世界へと行ってしまった。
何故か涙がポツリと零れた。
いつも少年は穏やかに微笑んでいた。
それは作り物めいていて、精巧に作られた人形のようだった。
少年はふさわしくない時でも微笑んでいた。
笑っていれば、すべてが解決するとでも思っているように。
本当に少年は生きているのだろうか。
本物の少年は消されて、そこには機械がいるのではないか。