陽が昇り始めた市場の片隅で、束ね髪の若い女性が膝を抱えていて座っていた。
ポップイエローのマニキュアが施された爪先の先には、ビワの葉で染めたような布が広げられていて、大きさもまちまち、形も不揃いの「記憶」が並べれていた。
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大通りを避けた個人販売には掘り出し物がある。
かの『王者の夕べ』も、『黒い森の英雄譚』も、市場の片隅から発見され丹念に磨かれてから評価されたのだ。
伝説として語り継がれるロマンを求めてコレクターは市場の隅々まで歩き、「記憶」を漁るのだった。
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若い女性が並べていた「記憶」は、どれも非常に良く磨かれていた。
「記憶」を研磨するのは素人でもできるが、その根気を強いられる作業に気が滅入り、仕上がりが甘くなり勝ちだ。
芸術的価値を持たせるような磨きは期待できないものである。
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足を止めて、話かける。
こういった遣り取りも市場の楽しみだ。
束ね髪の女性は、はにかんだ。
「記憶」は恋人が語った夢を彼女が一つ一つ大切に磨いたものだという。
オススメだという「記憶」を手に取ってみた。
水鳥の羽のように軽く、炭酸水のように軽やかな音がした。
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「売ってしまって良いのかな? 二度と手に入らないよ」
と念押ししたのは、女性が世慣れていない印象だったからだろう。
「彼はいつも夢ばかり話しているんです。
だから、大丈夫です。
もう新しい夢に飛びついているから」
「でも、君が困るんじゃないのかな」
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少女と呼んでも良いような若い女性は、大きな瞳を輝かせた。
「彼の夢を追いかけたいから、昔の夢はいらないんです。
彼は過去の夢を振り返らないから、私が持っていても意味がなくなっちゃって。
二度と見ない夢なら、すっかり売ってしまって、資金にしようと思って」
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ビワの葉で染められてた布に並んでいたオススメの「記憶」は今、ランプの隣に置かれている。
オレンジ色の灯りを受けて、「記憶」は小鳥のように明るく、絶え間なく歌い続けた、……一晩中。
そして、夜明けに甲高い声を上げて砕け散った。
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少々の感慨を持って、小さな欠片になった「記憶」を拾い集め、オイルの入った小瓶に入れた。
万華鏡のセルになった「記憶」は歌うことはなくなったが、華やかな狂乱を鏡の中で演じ続けている。――これがその万華鏡にまつわる物語。
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